学校法人の経営環境は、少子化により厳しくなる一方であり、運営経費の大部分を占める人件費のマネジメントは極めて重要な経営課題となっています。学校法人は営利団体ではないため、一般企業とは異なる考え方での人件費マネジメントが必要となりますが、一方で、民間企業での人件費マネジメントのノウハウを効果的に取り入れていくことも求められています。
学校法人の人件費改革が必要な背景
学校法人の人件費を考える上で注目するのは、人件費比率と人件費依存率です。日本私立学校振興・共済事業団が公表しているデータを見ると、人件費比率は、大学は50%前後でほぼ横ばい、短大は60%前後で下げ止まりの状態です。以前の大学の人件費率は40%台でしたので、近年は人件費比率が上昇しないように食い止めていたという状態であるといえるかと思います。また、人件費依存率については、大学が70%前後、短大は80%前後となっています。
上記の人件費率と人件費依存率は、調査対象法人の合計値から算出した値であり、個別の学校法人では人件費率が70%以上、人件費依存率が100%以上という法人もそれほど珍しくありません。
人件費負担率や人件費依存率という指標は民間企業にはありませんが、例えば売上高人件費比率50%という会社は極めて稀です。何故なら、民間企業は物を作って売ったり、いろいろな設備やサービス施設を持っていたりしますので、人以外の資産がたくさんあります。ですから、利益を捻出したいときにまず行うのは、設備投資の抑制や購入物品の単価の引き下げです。
それに対して学校法人は教育産業ですので、ほとんどの資産が人であり、経営に対する人件費のインパクトは民間企業の比ではありません。これが悪いということではなく、それだけ人件費が経営にとって極めて重要な位置づけにあるということです。
学校法人の人件費改革の課題
人件費改革を行う場合、リスクが生じます。このリスクをきちんと想定できるかどうかで、改革の成否が分かれます。そのリスクは、「先送りのリスク」と「改革のリスク」です。
改革を先送りした場合には、教育や研究予算は削減され、その結果、更なる収入の減少を引き起こすという負のスパイラルに陥っていきます。また、新規採用が難しくなり世代交代が進まない、教職員の意識が変わらないといったリスクも抱えることになります。
改革の先送りは、学校の魅力の低下に直結します。こうした事態を避けるためにも、人件費コントロールを行っていくことが極めて重要になるわけですが、そのためには改革実施のリスク回避が課題となります。
そこで一番の問題となるのが、法的リスクです。労働基準法には不利益変更という縛りがあり、処遇を下げるときには法的な要件を満たした形で下げていかなければなりません。
裁判の公示を見ると、給与が下がったということで裁判になるケースが多く見られます。感覚値で言いますと、裁判の事例は民間企業のほうが多いですが、裁判になる比率は圧倒的に学校法人のほうが高いと思います。それぐらい教職員の理解を得ることはなかなか難しいということです。何故なら、民間企業には利益という錦の御旗があります。それがないと会社の存続はありえません。
それに対して、学校法人では経営もあれば研究や教育もあります。どれが重要だという話ではありません。どれも担っていかないといけないといった場合に、「研究の観点から、教育の観点から」と言われたときには議論が成り立たず、裁判になるケースが出てくるわけです。
民間企業で不利益変更をしない会社は、実はそんなに多くありません。しかし、裁判になるケースはごく稀です。それは従業員に対して、何故しなければならないかということをしっかりと説得している結果法的リスクが顕在化しないからです。ですから、学校法人が人件費改革を成功させるためには、何よりも教職員(組合)の理解を得ながら進めることが不可欠になります。
クレイア・コンサルティングが支援する人件費改革の特長
1. 学校法人特有の人事制度を完全把握した詳細な人件費シミュレーション
クレイア・コンサルティングが提供する人件費シミュレーションは、より実践的な効果を出すべく、いくつかの工夫を取り入れています。その第一は、法人毎に異なる人事制度の構造と人件費に影響を与える要因を網羅的に把握した、各法人にとって最適なシミュレーションを実施できることです。
人件費シミュレーションを担当するコンサルタントは、様々なパターンの人事制度を熟知しています。人事制度に関する規程や労働協約等を正確に読み解き、人件費に影響を与える要因を網羅的に把握したうえで人件費シミュレーションを構築しますので、各企業の人件費の構造や変動要因が的確に分析できます。
また、担当するコンサルタントは人事制度の運用にも長けているため、規程や労働協約等のルールだけでなく、人員・人件費データから読み取れる昇格・昇給の運用傾向やイレギュラー対応の発生に至るまで的確に把握し、シミュレーションに反映することができます。
人員増減や昇格・昇給の方針決定といった重要な経営的判断を的確に行うためには、精度の高い人件費シミュレーションが求められます。各法人の人件費の構造や、選択し得る打ち手についても、人事制度の構築・運用の経験豊富なコンサルタントが明快に解説いたします。
2. 複数の人事の打ち手(シナリオ)の効果を比較検証
企業の人員構成(年齢・等級分布)とその経年変化や、給与規定(昇格・昇給ルール等)をベースに、正職員/非正規職員の入れ替えといった人件費削減施策に伴う影響を考慮した上で、対象組織の今後の人件費の推移をきめ細かく分析し、予測することが可能です。
具体的には、現行の人事制度に適合したシミュレーションパターンを想定して各種パラメータを用意し、複数条件に基づいてシミュレーションを実施できます。例えば、人員数について、「増やす(新卒採用を○人)」、「現状維持(退職者分のみを新卒採用)」、「自然減(退職者の補充なし)」などの条件でシミュレーションすることが可能です。シミュレーション結果は複数シナリオに基づき、総人件費だけでなく、等級別人件費、年齢別人員構成など多様な形態で出力でき、人件費の長期的推移を多面的に把握できるようになっています。
3. 各法人の人件費構造を踏まえた効果的な人件費コントロール施策を提言
ある人事施策が、人件費の増減にどのような影響を及ぼし得るのかを的確に分析するためには、人件費変動の構造を熟知していることが必要です。
例えば、人件費を抑制するために有期雇用職員の契約を解除する場合、当然ながら人件費は低減されますが、契約解除された職員が行っていた業務は今の社員が代替することとなります。その結果、社員が残業をせざるを得なくなり、その分の残業代が発生すると同時に、残業代を含めた賃金の増加によって、保険料の算定基礎が上昇し、残業代増加分の法定福利費(雇用保険料、労災保険料、健康保険料、厚生年金保険料など)も併せて増加する可能性がでてきます。
このような人件費の相互作用を正確に見極め、その影響を検証することが、人件費の推移を見ていく上では重要となります。人件費シミュレーションを担当するコンサルタントは、人材フローコントロールや人件費生産性向上などのプロジェクト経験も豊富です。一見有効と思われる人件費コントロール施策が、実際にどのような影響をもたらす可能性があるのか、その効果と副作用を的確に分析して提言します。
学校法人の人件費改革の流れ
1. シミュレーションの前提条件設定
シミュレーションを進めていく上での第一ステップは、法人の現状を正確に反映することです。
人員構成では、毎年の定年退職者、中途退職の発生確率を反映します。また、学部学科の人員構成バランスについては、総人員で計算しても、ある学部では定年退職があるけれども、別の学部では全くないといったケースも出てきます。民間企業では人事異動という手がありますが、学部学科間で教員を異動させるのは不可能ですから、学部学科ごとに人の出入りを把握することが重要です。そうしないと、現実的な人件費が計算できません。
規程については、支給基準を正確に反映し、変動可能な支給項目を把握します。学校法人の場合はこれがとても大変です。それは複雑な給与体系になっているからで、規程を紐解いてルールがどうなっているか、ルール通りに手当を支払っていくとどうなるかを正確に反映します。
運用実態では、人事評価をしているところであれば、評価分布、昇格率を把握しておき、今後も継続すると想定します。規程外の運用については、調整給や特別給を払っている学校法人があると思いますが、こうしたものは前例となります。裁判になったときは運用実態が重視されますので、正確に把握しておく必要があります。
また、給与の決定根拠の説明力も把握しておきます。昇格基準や評価基準を変えることは、数字上は簡単なことですが、それを実際に変えるだけの材料が今の制度にあるのか、これがあるかないかで机上の空論になってしまいかねませんので、十分に調べておきます。
2. 人件費コントロールのシナリオ設定
こうした前提条件をもとに、成り行きでの場合の人件費を計算します。その後、「採用」、「給与テーブル」、「運用」の観点から複数の改革シナリオを設定し、成り行きの場合と比較して改革効果を検証します。
これらの方法でどうにもならないということになれば抜本的改革しかありませんが、大抵の場合、これらの中から改革の糸口が見つかることが多いです。
3. 人件費シミュレーションツールの構築と分析
シミュレーションでは、10年間の人件費の推移を多角的に分析しますが、大切なことはいろいろなパラメーターを組み合わせて、複数の人件費改革シナリオを試してみることです。
その上で、「総人件費分析」、「1人当たり人件費分析」、「固定・変動人件費分析」を行います。注意を要するのは「固定・変動人件費分析」です。固定費の部分が改善されないと人件費負担は上がっていきますが、削りやすいのは変動費です。ですから、人件費の総額としては伸びないようにできたけれども、固定費の比率はすごく上がったというケースがあります。固定費の比率は一定に保ちながら人件費改革ができることが望ましいので、こういった分析も重要になります。
次に、「費目別人件費分析」、「職種別人件費分析」、「部門別人件費分析」を行います。私の経験上、「部門別人件費分析」は、必ず他部門と自分のところを比較して増えた、減ったという意見が出てきますので、どこでバランスを取っているのか、どこにしわ寄せがいっているのかを合理的に説明ができるように把握しておきます。
4. 副作用の分析と対策
改革をすれば必ず副作用が出ますので、その副作用に十分配慮し、対策を検討する必要があります。
採用をコントロールすると、1人当たりの人件費が増加します。生産性が下がっているということです。そして、学部学科の人員構成バランスが崩れ、高齢化が進みます。特に、高齢化が進むと次世代が育成できなくなります。これは20年スパンで考えると非常に大きな問題です。
テーブルをコントロールすると、固定的な支給を約束しているものは不利益変更になりますので、それが許されるのかどうかの根拠を確認します。また、削りやすいところから削っていくことになりますので、教職員間に不公平感が生じます。これをなくさなくてはいけません。さらに、採用競争力に影響が出ます。平均賃金を下げていくことになりますので、今後は良い人材がなかなか集まらなくなることを覚悟しないといけません。
運用のコントロールついては、鍵となるのは評価への納得感です。評価をするのは、現場の上司、直属の上司です。この人たちがきちんと評価できるスキルを持っているかということになります。一番の問題は、評価に対する不満です。最悪の場合には人が辞めていきます。それも良い人から辞めていきます。そういうリスクがありますので、運用リスクは慎重に考えないといけません。