人材育成型人事制度とは、求める人材像の実現に向け、人材育成というコンセプトから等級・報酬・評価制度を設計し、各種教育施策と連動させることを特徴とした人事制度です。
人材育成型人事制度が求められる背景
従来、多くの日本企業では、終身雇用・年功序列の日本型雇用システムのもと、新卒入社の社員をローテーションによって色々な経験をさせながらOJTで指導・教育をしたり、仕事を離れて研究や通信教育といった方法で勉強させたりして、総合的に育成を行ってきました。
このシステムは、多くの企業が順調に成長・発展してきた高度成長期・安定成長期の時代において、事業の成長に合わせて必要な仕事が増え、社員に様々な役割を柔軟に担ってもらいたいという企業のニーズとも合致し、有効に機能してきました。
また、日本企業は製造業を中心として、欧米企業の後追いで既存の製品やサービスを改良、改善するような改良型のイノベーションによって、発展してきた歴史があります。このようなイノベーションでは、基礎となる技術をベースとして改良、改善を行うため、同質性の高い組織の中で効率的なマネジメントを行うことが有効に機能し、新卒社員を一様に育成し仲間意識を育むシステムがそれに寄与したという側面があります。
しかしながら、このような日本型雇用システムを前提とした人材育成は、徐々に機能しなくなってきました。その理由は2つあります。
1つ目の理由は、日本企業の成長の鈍化です。
企業の安定成長期が終わると、ポスト数が限られることから、それまでのように事業の拡大を前提として、社員を一様に育成するといった考え方がそぐわなくなり、社員のキャリア形成期待や能力に応じて異なる育成手法を取り入れる必要性が生まれました。
2つ目は、デジタル化・グローバル化の進展です。
1980年代頃からこの2つの波により、ビジネスの環境の変化が激しくなり、製品・サービスのライフサイクルは短縮化の一途をたどりました。予測できないことが次々と起こる破壊的イノベーションにより、既存の産業が一気に衰退することも珍しくなくなりました。
このような時代の変化とともに、企業や働く社員に求められることもさらに進化することとなります。
企業は常に新規事業を開拓し、市場に新たな製品・サービスを提供し続けること、社員は与えられたタスクや課題を正確かつ効率的に処理する能力だけではなく、高度な技術に対する知見や、新規のアイディアを生み出す能力、ビジネスを推進する能力など、社員個々人に異なる、かつ難易度の高い能力の習得が求められるようになりました。
しかし、企業が求める人材像を実現するためには、教育研修などの単発の育成施策では限界があります。そのため、人材育成のコンセプトから制度の設計と教育施策との連動を行い、中長期的な視点から計画的に社員を育成することのできる人材育成型人事制度が必要となったのです。
人材育成型人事制度の機能とメリット
1.計画的な人材育成
人材育成型人事制度では、人材タイプに応じた計画的な人材育成が可能となります。
企業は、自社の事業成長に向けて、様々なタイプの人材を育成する必要があります。組織を構成する社員は、キャリア形成期待や本人の強みや弱みが異なるため、画一的な育成手法では、無理や無駄が生じることが多くなります。
人材育成型人事制度では、人材タイプに応じて人材育成のコンセプトを定め、中長期的な観点からキャリア・パスを整備します。これにより、それぞれの人材タイプに合致した業務のアサインやローテーション、各種教育施策、評価・処遇管理などを人材育成のコンセプトから連関して行うことが可能となり、企業は今いる人材と将来必要となる人材の人員数やスキルセットのギャップを把握しやすくなり、計画的に人材育成を行うことが可能となります。
2.人材タイプに応じた成長機会の提供と優秀な人材の流出防止
近年、少子高齢化の影響もありスキル・経験を有する人材の獲得競争 がますます激しくなっています。苦労して優秀な人材を獲得したにも関わらず、企業が必要な成長機会を十分に提供できていないと、社員は企業に所属する意味を見出せず、結果として優秀な人材の流出につながってしまう可能性があります。
優秀な人材の流出は、会社の生産性の低下、新たな人材採用におけるコストの増加、これまで積み上げてきたノウハウの流出など、会社にとって大きな痛手になります。
人材育成型人事制度の運用により、社員のキャリア志向や強み・弱みに応じた成長機会の提供が可能となり、社員のスキルや能力の向上につなげることができます。また、中長期的な観点から、人材タイプに応じた人材育成のメッセージを企業が発信することにより、社員も「会社が自分のことを考えて成長の機会を提供してくれている」と感じることができ、社員の会社に対する信頼感が増し、結果として社員の定着につながるというメリットもあります。
クレイア・コンサルティングが提案する人材育成型人事制度
1.各社の事業目的に合致する人材育成のコンセプトを設計
企業が事業成長に寄与する人材を計画的に育成するためには、事業目的を正確に把握したうえで、将来必要となる人材像とスキルセットを定義し、その企業独自の人材育成のコンセプトを定めることが重要です。
経営陣がどのような事業成長・組織を実現したいかをヒアリングなどを通して理解したうえで、将来必要となる人材像とスキルセットを定義します。
通常、企業の事業成長を実現するには、様々なタイプの人材が求められることが多いため、ある程度近しい人材像、スキルセットの人材をカテゴリー化したうえで、それぞれのタイプに応じた人材育成のコンセプトを定めます。
人材カテゴリーの例としては、以下のような分類が考えられます。
経営人材
将来的に自社の経営幹部として、全社戦略の立案・推進やビジネス全体の付加価値向上に貢献することが期待される。スキルセットとしては、新たなビジネスを創造する力、戦略的思考力、組織を率いるリーダーシップなどが求められます。
一般的に、早期にポテンシャルのある人材を選抜し、タフアサインメントを行うなど、個別に育成状況を追跡していきます。
マネジメント人材
自社の事業成長に向けて、一定規模の組織運営や部下育成・管理が求められる。スキルセットとしては、ビジョン浸透力、組織目標・計画立案力、部下マネジメント力などが必要となります。
マネジメントに適性のある人材を見極め、会社や組織に対する理解の深化やマネジメントスキルを身につけさせるための育成手法を行うことが有用です。
スペシャリスト人材
高度な専門知識・経験を活用し、社内の専門性の深化やビジネスの付加価値向上に貢献することが期待される。特定領域における専門知識や経験はもとより、専門性をビジネスにつなげるための市場理解力、課題発見・解決力、コミュニケーション力が求められます。
人材育成手法としては、特定の専門領域に特化した難易度の高い業務へのアサインや、専門性強化を目的とした研修実施などが考えられます。
オペレーション人材
特定領域において蓄積した知識・経験等を活用し、確実・安定的な業務遂行を通じた組織貢献が求められる。スキルセットとしては、業務遂行力や正確性、リスク管理力などが必要となります。
特定の領域における担当業務の習熟を目的としたアサイン、研修実施などが有用です。
2.人材育成のコンセプトに即した人事制度を設計
人材育成のコンセプトに基づき、求める人材像を実現するために具体的な人事制度の詳細設計に落とし込みます。
人事制度は、企業にとって社員に対する期待を示すものであり、社員にとってどのようにステップアップをしていくのかというキャリアの指針となるものです。
また、評価を通じて企業が社員を適切に方向づけ・動機づけしたり、強み・弱みのフィードバックにより育成課題を認識させたりする重要な機能もあります。
教育研修のような単発的なアプローチにより人材育成を検討することもありますが、このような基幹となる人事制度のコンセプトが曖昧なまま、教育研修のような単発の育成施策を行ったとしても、日々の評価や報酬、昇格などと結びつかない可能性があり、その効果が限定的となってしまうことが少なくありません。
人材タイプ別の人材育成のコンセプトに照らし、キャリア・パスの考え方を整備し、必要に応じて等級定義、昇降格の考え方、評価・処遇管理の方法を分けることで、求める人材を育成するための最適な人事制度を構築します。そのうえで、人材育成の一貫したコンセプトのもと、人事制度と各種教育施策との結びつきを強化し、効果的な人材育成を実現します。
3.人事制度・各種教育施策の運用に踏み込んだ提言
人材育成のコンセプトから、人事制度や各種教育コンテンツを整備したとしても、それが適切に運用されなければ、目指すべき効果を実現することはできません。特に人材配置などは各部門の社員の日々の業務遂行にも関わるため、一朝一夕に既存の考え方から転換を図ることは容易ではありません。
人材育成のコンセプトの提示や人事制度・教育コンテンツの設計に留まることなく、実際の運用場面を想定した提言を行います。
例えば、人材配置の例で言えば、人材配置の判断において障害となるケースや判断に迷うケースなどを洗い出し、具体的な対応策を事前に検討します。
人材育成型人事制度を導入する流れ
1.求める人材像とスキルセットを定義
まずは、必要に応じて経営陣にヒアリングを行いながら、クライアント企業の事業環境・事業目的に照らし、中長期的な観点から各事業分野や機能の人材ニーズ(必要な人員数、スキルセット)を把握します。
そして、中長期的なキャリア形成、人材育成の観点から近しい人材をカテゴリー化し、人材のタイプ別に会社が求める人材像、スキルセットを定義します。
2.人材育成のコンセプトの設計
次に、求める人材像と各部署に配置されている現有人材とのギャップを人員数、スキルセットの点から分析します。
ギャップ分析を踏まえ、今後、求める人材を育成するために人材のタイプ別に、どの程度の人数の社員をアサインメントや日々のOJT、教育研修などを通じてどのように育成するべきか、人材育成のコンセプトを整理していきます。
3.人事制度・各種教育施策への展開
そして、人材タイプ別の人材育成のコンセプトをもとに、基幹の人事制度となる等級・報酬・評価制度や各種教育施策に展開します。
人事制度・各種教育施策の展開の際には、以下のような方法が考えられます。
等級制度
人材のタイプ別に求められる役割や将来のキャリア形成期待が異なることから、コースを区分することで複線型人事制度とし、複数のキャリア・パスを設定することが可能です。
また、コース別の人事制度とすることで、社員に対する会社の期待をより明示しやすくなるとともに、異なる昇格要件を設定することで、社員のタイプに応じて計画的に育成を行いやすくなります。
報酬制度
社員のモチベーションを適切に喚起するために、コース別に異なる報酬体系を設計します。会社が設定した求める人材像から、適切な報酬体系を設計する(例えば、オペレーション人材を中心としたコースでは、安定的な組織貢献を促すために業績による変動報酬の比率を低く設定するなど)とともに、中核となる人材に対して報いることのできる報酬設計とします。
評価制度
コース別の評価体系やコンピテンシー 項目などに反映することで、会社が期待する方向でのスキルの蓄積や成長を促します。あるべき人材像からコンピテンシーが具体化されるため、日々のOJTや評価における育成メッセージをより明確に伝わりやすくすることが可能です。
教育施策
求める人材像から社員のタイプ別に必要となる教育プログラムを設計します。社員のキャリア・パスに沿った教育プログラムを開発することで、Off-JTとOJTの結びつきが強化され、より効果的な教育施策の実施が可能となります。
4.コミュニケーションプランの策定と実行
最後に、人事制度の全容が確定した後に、社員に対して新たな人事制度に関する説明を行います。人事制度が狙い通りに運用されるためには、根幹となる人材育成のコンセプトを社員に浸透させることが必要となります。
制度の移行に関して、社員に伝える内容の整理、必要なツールや実施スケジュールなどについてクライアント企業と綿密に打ち合わせを行い、社員に前向きに人事制度を受け入れてもらえるように準備を進めます。