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人事戦略の転換と策定

人事戦略とは

企業が策定する戦略の一つに、人事戦略があります。人事戦略のあり方を考える上で、まず、経営全般に関する戦略である経営戦略の考え方を押さえておく必要があります。

もともと「戦略」という言葉は軍事用語ですが、そこで用いられている定義を企業経営に当てはめると、「企業間の競争に勝つための計画と目標」と言うことができます (*1)

しかし、今日的な企業経営は、目先の競争に勝つことだけを目指すのでは成り立たなくなっています。例えば、投資家は、環境(温室効果ガスの削減、再生エネルギーの利用等)、社会(人権保護、ダイバーシティの尊重等)、企業統治(コンプライアンス、情報開示等)といったESGに配慮した経営を行っているかどうかを、投資する際の重要な判断基準としています。

また、地域社会からの信用・信頼を得られているか、サプライヤーなどのビジネスパートナーと互恵関係を構築できているか、顧客だけでなく社員にとって魅力があるか、ということも企業の将来価値を左右すると考えられています。

このように、企業には、様々なステークホルダーに対して貢献しつつ、経営を継続していくことが求められているといえます。この点も考慮すると、今日的な企業の経営戦略は、「社会に貢献しつつ持続的に経営していくための計画と目標」と考えるべきでしょう。

経営戦略と人事戦略のこれまでとこれから

人事戦略とは「経営戦略を遂行する上で必要となる人的資源に関する計画と目標」です。近年では、特に学生が就職する会社を決める際に、社会課題の解決に貢献できることを重視していると言われていますが、労働人口が減少し、雇用の流動性が高くなっている中で社員にとって魅力のある企業になるためには、人事戦略においても、他社との競争に勝つという観点だけでなく、サステナビリティの実現など社会的意義のある内容であることが求められています。

人事戦略の転換

(1)人事戦略転換の必要性

前述のとおり、経営戦略は人事戦略の上位概念に相当するので、経営戦略が変化すれば、それに伴って人事戦略も変化する、と考えるべきです。仮に、新興企業などで既存の人事戦略が存在せず、新たに策定するような場合、戦略の転換の必要は当然ありません。

しかし、そのようなケースを除き、何らかの人事戦略(もしくは、戦略として明文化されていなくても、黙示的に引き継がれてきた人事の方針や慣習)が存在する企業が大半だと思われますので、以下では既存の人事戦略がある場合を想定することとします。

経営戦略は、企業内外の環境に影響を受け変化していきます。少子高齢化の進展、地政学リスクの上昇、物価高など、企業を取り巻く環境変化は激しさを増しており、一度策定した経営戦略の見直しや修正が必要な場面も多くなっていることと思われます。そして、経営戦略が転換されれば、その下位概念である人事戦略も経営戦略に合わせて転換する必要があります。

例えば、経営戦略の変化と人事戦略の変化の連動の事例として、以下の二つが挙げられます。

事例1.サントリーホールディングス株式会社 (*2)

同社では、2009年に実施したクロスボーダーM&Aを皮切りに、グローバル・プレイヤーへの転換を図っています。その後もM&Aを続け、海外売上高比率は2009年時点の約15%から2021年には約47%に急速に伸びています。

その転換を人材の面で実現するべく、2010年には「グローバル人事部」を設置し、多様な事業(酒類・清涼飲料・健康食品等)と多様な人材(従業員の約54%が海外人材)を、グローバル共通の経営理念・人事制度でつなぐ取り組みを進めています。

事例2.General Electric Company(GE) (*3)

同社では、9・11(2001年)や世界金融危機(2008年)を契機として混沌とした市場環境の中で、既存の事業ポートフォリオを見直し、事業の「選択と集中」が進められていました。

その過程で、デジタルインダストリーカンパニーへの転換を図るべく、人事戦略の転換を図っています。例えば、同社における評価制度の代名詞とも言える「9ブロック」を廃止し、「PD(パフォーマンス・デベロップメント)」を導入しています。

(2)人事戦略を転換することの難しさ

では、そのような経営戦略の転換に伴う人事戦略の転換には、どのような難しさがあるのでしょうか。それは、内外の事業環境により経営戦略がある意味180度転換することも不可能ではないのに対し、人事戦略は転換にあたって一定の制約がある、という点にあります。

端的に言えば、人事戦略の本質は、経営戦略を達成するために求められる「能力」を持った人材を、必要な「量」確保していくにはどうしたらよいか、ということです。そのため、人事戦略の転換の難しさは、「能力」と「量」に分けて考えることができます。

「能力」における難しさ

「能力」での難しさは、①「能力」を備えることと、②その備えた「能力」を発揮できるか、の2つの観点で考えることができます。

① 「能力」を備えること

「能力」を備えることの難しさは、新しい経営戦略達成のために求められる「能力」獲得にあたって、従来の経営戦略のための「能力」が必ずしもそのまま活用可能とは限らない点が挙げられます。

例えば、自動車メーカーがある時点で内燃機関の開発・製造を止め、電動車の開発・製造に完全に切り替える場合、これまで内燃機関の開発を行ってきたエンジニアは、電動車の開発ができるよう「能力」の転換が求められます。

これまでとは全く異なる分野にゼロから従業員に取り組んでもらうにあたって一定の時間的・金銭的コストが発生します。また、内燃機関の開発を担当する部署がその会社の「花形」とされてきたような場合など、従業員の意識・風土も同時に変えていかなければ、社内で軋轢が生まれ「能力」の円滑な転換は困難になります。そのためのコミュニケーションコストも無視できません。

以上の意味で、経営戦略の転換に合わせた「能力」獲得は難しいと言えます。

② 備えた「能力」を発揮できるか

仮に新たな経営戦略達成のための「能力」を獲得できたとしても、その「能力」を発揮できるかは別問題です。それは、人事戦略の担い手である“人”は、モノやカネと異なり、気持ち・感情を持っているからです。

前述の自動車完成車メーカーの例で言えば、エンジニアが内燃機関の業務に情熱を感じていた場合、電動車に関する新たな「能力」を獲得したからといって、新たな電動車の開発業務に、以前と同じように高いモチベーションを維持して「能力」を発揮していこうと思えるでしょうか。

このように、仮に「能力」を獲得できても、必ずしも前向きに「能力」を発揮できるとは限らない、というのが2つめの難しさです。①と同様に、従業員の意識・風土改革も合わせて行っていくことが不可欠になります。

「量」における難しさ

「量」の面での難しさは、人件費コントロールの難しさと言い換えられます。すなわち、人件費=「単価(平均人件費)」×「人数」におけるコントロールの難しさ、と考えることができます。

「単価(平均人件費)」に関しては、以下の2点がコントロールを難しくします。

第一に、処遇については容易に不利益変更ができない点です。固定費(従業員側から見れば安定的な給与)に相当する月給部分は引き下げが特に困難です。第二に、昨今の賃上げの動きの中で、その引き下げ困難な月給部分の引上げ圧力が強まっていることです。

このように、「単価(平均人件費)」は、容易に下げることが出来ないだけでなく、その上昇圧力が強まっている状況にあります。

「人数」に関しては、国内法における解雇制限による難しさがあります(労働契約法第16条)。そのため、経営戦略の転換によって人材を解雇し、新しい戦略に適した人材を採用するという人材の入れ替えを、経営側の権限によって行うことは、基本的には認められていません。

対極的なのが米国です。米国では経営戦略の転換と同時に、その人数の増減を同時に行います。2024年4月の報道では、米国のアップルがカリフォルニア州で735人の従業員を削減することが判明しました。対象となったのは、開発中止となったEVや、Siri(シリ)関連などのチームと見られるとのことです。それらの事業から、出遅れている生成AI(人工知能)の開発に経営資源を集中する戦略への転換のための措置と見られています。

人事戦略転換の難しさ

(3)人事戦略転換の進め方

では、経営戦略の転換に合わせた人事戦略の転換をどのように図っていけばよいでしょうか。①人事戦略の策定と、②策定した人事戦略の実現、という2つの視点で検討します。

① 人事戦略の策定

第一に、転換した経営戦略に合わせた、人事戦略を策定しなければなりません。前述のとおり、人事戦略の本質は、経営戦略を達成するために求められる「能力」を持った人材を、一定の「量」を確保することにあります。

「能力」と「量」の確保にあたっては、確保の手段と、確保した人材を適正に保つ方法を検討する必要があります。確保の手段とは、端的に言えば「雇用」か「雇用以外(派遣、委任、業務委託、など)」か、ということになります。広く人材を募集する点では「雇用(中でも、正社員などの長期安定雇用)」の方が魅力的ですが、反面、人材を抱え込んでしまうリスクも負うことになります。最大の人材マーケットが新卒市場(20代前半)であり、かつ、雇用義務年齢の引上げが段階的に行われている日本の労働市場では、「雇用」のメリットとリスクを見極めることが難しくなっています。

「雇用」で人材を確保する場合、人材フローのあり方を検討します。社内に関わりを持ち始める段階である「インフロー」、入社後の組織内部で活躍してもらうための「内部フロー」、どう退職していくかの「アウトフロー」の3段階に分けて検討します。そして、人材フローの各段階(インフロー、内部フロー、アウトフロー)で、経営戦略の実行に効果的な人材の流れを実現できるように、人事の仕組み(等級、評価、給与、賞与、退職金、教育制度など)を構築・改定していくことになります。

また、雇用するか否かに関わらず、どのようにコミュニケーションを図っていくかも重要になってきます。会社の考えを発信し、例えば、前述の自動車メーカーの内燃機関のエンジニアの例は、経営戦略の転換に伴う「配置」に関わるコミュニケーションに位置付けられます。コミュニケーションは、社内で雇用後の人材に対してのみならず、社外の人材を引き付けるためにも重要になってきます。

人事戦略の策定

② 策定した人事戦略の実現

当然、人事戦略は策定するだけでは不十分で、その実現に向けた取り組みが重要になります。このうち最も重要なことは現状とあるべき姿とのギャップの分析で、以下のような作業を行う必要があります(下図参照)。

現状とあるべき姿とのギャップの分析

現在の人事の仕組みがどのようになっているか、体系的に把握します。等級制度、評価制度、報酬制度のようないわゆる基幹制度だけでなく、採用、配置、育成、昇進等、人事に関する仕組みや制度も洗い出します。その一つ一つについて、あるべき姿へと移行するために変えるべき点を特定し、相互に矛盾が生じない仕組みとなるように全体観を持って再構築していくことが求められます。

社員の状況は、データを用いて客観的に分析します。社員の属性(役職、等級、年齢等)や処遇などのデータに基づき、採用されてからの昇進・昇格の流れ、部門・職種間の異動、退職までの流れ、人件費や人員構成、評価・処遇と実力との関係といった人事の実態を明らかにし、あるべき姿とのギャップを明らかにします。人事戦略を見直すことで処遇が低下するなど、会社と利害が異なる社員が生じる可能性がありますが、そのような中で適切に判断するための根拠として、このような客観的な分析が不可欠です。

人事戦略の転換と人事の仕組みの変更には、リスクが伴います。そのリスクをいかにコントロールしていくかということが、人事戦略の転換の成否に直結します。人事戦略の転換に伴うリスクは、概ね以下のように捉えることができます。

人件費増大リスク基本給レンジの下限や手当を引き上げたり、評価制度を変更したりすることで生じる昇格・昇給・賞与に必要な原資の増大
法的リスク等級間の報酬のメリハリをつけるための基本給のレンジの上限引き下げや、転換後の人事戦略に合わない手当の廃止などの不利益変更
モチベーションリスク働き方の選択肢が狭くなることで生じるモチベーションの低下、手当の廃止や支給対象範囲の変更による不公平感の誘発
運用リスク新たな社員区分や職種のコースを設定したことで特定の区分やコースに社員が偏って配置が困難になる可能性、新しい評価制度の理解が進まず評価の調整に時間を要する可能性

リスクの回避・軽減において特に重要なことは、社員の働く意欲を意識したコミュニケーションです。自社が社会課題を解決したり、自社自身の働き方に関する課題を解決したりするために人事戦略の転換が必要であると社員が腹落ちし、会社と社員との間で共通理解を醸成することができれば、上記のリスクは総合的に大きく低減します。

例えば、評価制度の改定に伴うモチベーションリスクと運用リスクについて、まず評価者及び被評価者に説明会を行って制度の内容だけでなく、それによってどのような課題を解決するのかを理解してもらい、さらに評価者には評価のノウハウを知るために研修を受けてもらった上で、制度をスタートさせます。

このように、人事戦略の転換は、あるべき姿の策定だけでなく、現状分析とそこからあるべき姿への移行プロセスも検討することで実現します。

クレイア・コンサルティングの人事戦略転換の支援

クレイア・コンサルティングは、人事戦略の転換に関する支援を、戦略立案から仕組み・制度の改革と定着まで、一貫した考え方でご支援します。

多種多様な業界における組織・人事改革の実績を活かし、経営戦略の転換や事業構造改革に連動した人事戦略のあり方の提案から、転換後の人事戦略を支える人事の仕組み・制度の設計・構築、現状からの現実的な移行方法のプランニング、組合や従業員をはじめとするステークホルダーに対するコミュニケーションプランまで、戦略的かつ実効性のあるソリューションをご提案します。

AUTHOR
針生 俊成
針生 俊成 (はりゅう としなり)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員COO マネージングディレクター
筑波大学第二学群人間学類卒業

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセンを経てクレイア・コンサルティングの立ち上げに参画。
幅広い業種における統合的人事制度改革、コンピテンシー設計、人材アセスメント、人材育成、意識改革、ES(従業員満足度)向上等、多数の人事コンサルティングプロジェクトに従事。合併や分社等の組織再編に伴う人事制度改革、高度専門職の人事制度設計やコンピテンシー設計、ブランドマネジメントと連動した人材マネジメントのコンサルティング等の実績も豊富。

AUTHOR
狩野 隆之
狩野 隆之(かのう たかゆき)

クレイア・コンサルティング株式会社 シニアコンサルタント
ジョージワシントン大学ロースクール法学修士修了

経済官庁に勤務した後、コンサルティング会社にて事業継続計画策定などリスクマネジメントに関連する活動の支援に携わる。
現職では、人事評価や報酬に関する制度改定、人材アセスメント、ジョブ・ディスクリプション策定等のプロジェクトに従事。

AUTHOR
山本 航
山本 航(やまもと わたる)

クレイア・コンサルティング株式会社 コンサルタント
早稲田大学法学部卒業

大手自動車会社の人事部門にて、労務管理や人事制度設計、労使交渉等に携わったのち現職。
製造業、サービス業の組織変革の一環として人事制度設計に従事。
社会保険労務士、行政書士。

参考

  1. クラウゼヴィッツ著、 篠田英雄訳(1968)『戦争論 (上)』 岩波書店、第三篇 戦略一般について 第一章 戦略 252頁
  2. 馬越恵美子・内田康郎編著/異文化経営学会著(2024)『生まれ変わる日本 多様性が活きる社会へ』文眞堂、第6章 日本企業における国際人的資源管理の最前線―サントリーの事例研究(推進体制・施策・成果)(古沢昌之)104~113頁
  3. パーソルプロセス&テクノロジー株式会社. ”GEが9ブロックを廃止した理由。新たな人事評価制度「PD」の導入によって生まれ始めた変化とは。”. 組織づくりベース - 成長企業の人と組織をカガクするWebメディア Powered by HITO-Link. 2018. https://www.hito-link.jp/media/interview/ge ,(参照 2024-05-20).

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