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SUMMARY

M&Aには様々な手法がありますが、特に対等合併には、意思決定に遅れが生じやすくプロジェクト管理の難易度が高い、人事統合の手続きが複雑で難易度が高いといった、他のM&Aプロセスにはない固有の課題が存在します。

こうした課題に適切に対応するには、利害の異なるどちらかの出自の企業に肩入れせず、かつどちらの企業の社員感情にも配慮しながら、メリット・デメリットを客観的事実に基づき合理的に判断し、統合後のあるべき姿を見据えながら経営層がフェアな意思決定ができるよう議論をリードすることが重要です。

解決すべき課題

対等合併(*1)の概要と合併の過程で注目すべき課題を以下に挙げます。

(*1)「対等合併」という言葉は、法律用語ではなく、慣用的に使用されるビジネス用語です。法律的には「吸収合併」と「新設合併」の2種類がありますが法律的な手続きではなく対象会社同士の立場や規模に注目したい場合に用いられます。対等合併は、合併する企業が対等な条件で合併するケースで、特に合併比率が1対1の場合を指しますが、本稿では、厳密に1対1の合併比率でなくても、企業間の立場が対等であるケースも想定に含めて言及します。

1.対等合併の特徴と困難な点

対等合併の特徴

対等合併は、企業間の合併において双方が「対等」の立場で合意し、合併後の企業価値向上を目指す手法です。

事業環境の急速な変化に対応し事業規模や地域の拡大、新規事業への参入を最短のスピードで実現するためにM&Aの手法が用いられます。

あえて困難であることを承知の上で対等合併という選択肢を選ぶ企業が多いのは、他の手法に比べて最も統合効果が最大化できるとの期待もあるでしょう。

また、経営や組織体制においても、双方の経営陣および社員が新会社でノウハウを発揮することで、対等合併はシナジー効果を生み出し、競争力の強化が期待できますが、統合プロセスにおいては、双方の組織や文化的背景への配慮がなければ、様々な軋轢を生み、業務に必要な情報やノウハウを小出しするといった悪影響が出てしまうことも起こりうるでしょう。こうした悪影響を避け、旧組織間の人事交流を促進し統合効果を高めるという点でも、対等な立場を強調・維持することには一定の合理性があると言えます。

対等合併のどの点が難しいか

前述の通り、対等合併における組織文化や人事統合では、その過程の中で発生する課題も多いため、慎重な計画と調整が不可欠となります。

対等合併で特に難しいのは、両社の制度や文化、経営方針を統一する点です。合併後も両社が対等の立場を保つため、意思決定において一方の意見だけでは決定ができず、経営判断が遅れることがあります。また、人事制度や評価基準を統一しきれないまま業務がスタートしてしまうと、待遇の差異が社員の不満やモチベーション低下を招く恐れがあります。さらに、企業文化や業務プロセスが異なると、日常的なコミュニケーションや業務の進め方に齟齬が生じやすく、相互理解を深めるために多大な労力が必要です。社員にとっても制度変更や組織再編による負担が大きいため、スムーズな融合と社員の不安解消を両立させるための工夫が欠かせません。

2.合併に伴い対応すべき人事テーマ

人事制度の統合

合併に伴う人事制度の統合は対等合併における課題の一つです。両社の給与や手当、評価基準、福利厚生などが異なったまま新会社での勤務をスタートしてしまうと待遇格差が生じ、社員の不満を引き起こしかねません。

特に基本給や評価方法、昇給・昇格のプロセスに相違がある場合、「同じ会社で同様の仕事をしているにも関わらず対応が異なる」という状況となり、不満や不公平感が強く表れることがあります。また、制度統合を急ぐがあまり、一方の企業に制度を肩寄せしてしまうと、対等合併の趣旨から逸脱や予想以上の人件費増大の恐れがあるため、慎重な調整が必要です。

社員コミュニケーションとソフト面の人事テーマ

合併による変革に対し、社員が抱く不安の解消も課題です。まず報酬水準や手当項目、賞与の支給ルール変更による収入面での変化に対する不安が考えられます。

また、組織改編に伴う業務内容の変更、勤務地の変更など、社員のキャリア形成への影響に対する不安が高まる可能性もあります。特に、合併後に報酬が変わるといったケースでは社員のモチベーション低下、離職のリスクが懸念されます。社員へのケアや不安の解消に努めることが、合併後の組織力強化には欠かせません。

このように、合併に伴う変化に対応しつつ、将来に向け新会社のソフト面である人事テーマに取り組むことが不可欠です。具体的には人材育成、組織風土改革や、従業員の働きがいの向上に着手していきます。

課題解消のアプローチとクレイアの付加価値

当社は対等合併の課題に対し、以下のような具体的な解決策を提案しています。

1.透明性の高い意思決定プロセスの構築

合併後の意思決定プロセスをスムーズに進めるため、双方の経営陣が納得した形での意思決定を支援します。合意形成や意思決定に必要な会議体の整理、双方の立場を尊重したプロジェクトミーティングでのファシリテーションを提供します。

2.人事制度統合のコンサルティング

両社の人事制度の分析を通じて、制度統合におけるバランスを重視した新しい人事制度を構築するためのコンサルティングを提供します。

具体的には、等級制度、評価制度、報酬制度、退職給付制度等の差異を分析・検討し、合併後の新会社が採用する人事方針に基づく新制度の提案を行います。

合併に伴う制度変更による社員の不安を解消し、早期の一体感を醸成するためのコミュニケーションプランを提供します。社員向けの説明会資料や想定Q&Aの作成を通じて、合併の意図や新制度の内容を丁寧に伝え、社員の不安を軽減し、労務リスクを軽減します。

その他、組合交渉の資料作成、規程の作成等の実践的な導入支援を行っています。

また、統合後の新会社としての人材育成プログラムの策定や、統合後のフォローとして従業員満足度やエンゲージメント調査の実施等のテーマまで一貫した支援が可能です。

コンサルティングのイメージ・事例

ここではとある商材を扱う専門商社の合併プロジェクトを事例に給与制度の統合方法を解説します。

この事例では事業環境の急激な変化に対応するために、同じ業界の企業同士の合併を行いました。企業規模は同等であり、合併のプレスリリースでは対等の精神が強調されました。

        A社        B社
会社概要老舗の専門商社であり、海外に生産拠点をもち、川上から川下まで一貫した対応に強み。独立系の専門商社で高機能製品の貿易や商品企画に強み。ITの活用にも定評がある。
従業員数約300名約400名
業績売上高1,000億円
営業利益5億円
売上高1,000億円
営業利益15億円

給与制度の統合では主に基本給、諸手当、賞与を検討することとなります。本事例では基本給の検討方法を例として取り上げます。

1.給与制度統合の進めかた

給与制度統合に向けた検討は、以下のステップで進めます。

ステップ1.現行制度の把握

  • 両社の給与水準を比較し、基本給のみの比較、手当を含めた水準、賞与の支給額など、各項目ごとの整理を行う。

ステップ2.人事方針および報酬方針の検討

  • 新会社の人事方針を設定する。例えば、競合他社との比較による採用競争力の確保、特定の専門職の確保、人件費コントロールなど、優先的な課題を特定する。
  • 報酬水準に関する方針では現行制度での年収水準、月給水準をどの程度保障するかがポイントとなる。

ステップ3.世間水準やデータを比較し、給与レンジ案を作成

  • 厚生労働省の賃金統計や競合企業のデータを参考に、新会社の基本給レンジを設定する。

ステップ4.移行措置の検討

  • 移行措置として、A社・B社の給与水準に応じた調整給の支給方法や、新制度移行時の取り扱いを検討する。

【検討のフロー】

給与制度統合検討フロー

2.現行制度の把握と差異の明確化

両社の現行制度を詳細に調査し、等級・評価制度や、報酬水準について分析します。どのような等級・職位・年齢層に大きなギャップがあるのか、また手当や福利厚生等の待遇面の差異を明確化しました。

以下の図は現行のA社、B社それぞれの基本給レンジのイメージです。全ての等級においてA社がB社の水準を上回っていることが分かります。

【A社、B社の基本給レンジのイメージ】

両社基本給レンジのイメージ
※図中の箱は各等級における基本給の上限と下限を示しています。

A社の制度に合わせた場合、A社社員は現状維持となりますが、B社社員は待遇が大幅に向上することになります。しかし、統合後の業績が不透明な中、人件費が急激に増加することは経営上のリスクが高く、慎重な判断が求められます。B社の制度に合わせる場合、A社の社員にとって待遇が大きく引き下げられることになります。

3.新たな人事方針、報酬方針の設計

A社とB社の制度や待遇に大きな差があることが確認されました。どちらか一方の制度に合わせることは現実的ではないことを踏まえて本プロジェクトでは以下の方針を定めました。

人事制度全体の方針

  • 競合他社と比較し、採用の競争力を維持できる水準を設定する
  • 年功序列的な要素を見直し、業務内容や貢献度に基づく処遇制度とする
  • 若手や中堅社員の積極的な登用を進め、成果を挙げた社員には手厚い報酬を与える制度とする

報酬水準の方針

  • 2社の現行制度をそのまま踏襲するのではなく、新会社に入社する新卒社員やキャリア採用者を想定した新しい水準を設定する
  • 報酬水準は、競合他社のベンチマーク調査を基に設定する
  • 採用競争力を確保し、若手社員の生活を支援するため、競合他社と同等かそれ以上の水準を目指す

また、両社の社員が新制度の給与テーブルに移行する際、報酬が下がる場合の取り扱いを検討しました。

【検討内容】

取り扱いのパターンポイント
現行制度の年収を保障する(前年の標準評価時の賞与で計算した年収など)○ 不利益が少なく、社員に説明しやすい
× 新会社の業績の見込が立たない中で賞与額を約束するため経営上のリスクが高い
月例給与を保障する○ 月例給与は生活の基盤であり、措置の合理性が高い
× 賞与額次第で年収が大幅に減少する可能性がある

今回の事例では新会社の業績が不透明な状況であり、賞与額の約束が難しいことから、社員生活への不安を軽減するために「月例給与を保障する方針」を採用しました。

世間水準やデータを比較し水準を設定

ベンチマークとするデータとしては、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」が容易に入手できます。調査でカバーされていない競合企業の情報が必要な場合には、外部業者からデータを購入することも検討に入れます。本プロジェクトでは、競合企業のベンチマーク調査を同時並行で行い、競合他社の5社について、基本給、手当、賞与、退職金などのデータを収集しました。

比較対象のデータが揃った後は、競合企業の水準や両社の現行制度の水準を踏まえて、新会社の基本給を設定しました。

【新会社の基本給水準のイメージ】

新会社の基本給水準のイメージ

4.移行措置の検討

新制度の水準が決定した後は、両社社員の移行方法を検討します。特に毎月支給される基本給は生活に大きな影響を与えるため、すぐに新制度の金額に移行させるのは困難です。そのため、以下のような移行措置を講じる必要があります。

  • 基本給が減額される対象者は数年間「調整給」を支給し、現行制度の水準を維持する
  • 新制度の水準を下回る社員は移行時に新制度を適用し、基本給を引き上げる

A、B各社に所属する社員には以下のような移行措置を検討しました。

A社社員
新人事制度の運用開始後、最初の3年間は調整給を支給し、移行前の水準を維持します。3年経過後は、一定割合で調整給を段階的に減額します。

【A社社員の移行措置のイメージ】

A社社員の移行措置のイメージ

B社社員
移行時点より新制度の金額を適用し、新制度の下限を下回る社員は下限まで基本給を引き上げます。

【B社社員の移行措置のイメージ】

B社社員の移行措置のイメージ

5.意思決定プロセスのサポート

報酬水準の決定においては、社員の生活と人件費のバランスを慎重に考慮しながら議論を進めました。最終的に新会社の水準案が固まるまで、多くの議論が行われました。

合併の協議が進み社員の意見交換が進むと、当初の想定よりも給与に対する不安が多いことが分かりました(導入9ヶ月前)。社員の不安解消と退職のリスク回避のため検討内容を一部見直しました。

また、新会社の発足が近づくと、経営陣や人事責任者が決まり、プロジェクトメンバーが変更される場合があります。このタイミングで改めて人事方針や重要事項の確認を行いました。本事例では給与水準や福利厚生面の見直しを再実施しました。

このように、プロジェクト途中での見直しが発生することもあるため、社員の生活に大きな影響を与える制度(給与や福利厚生など)については、早期に検討を開始し、余裕を持ったスケジュールで進めることが重要です。

【議論の変遷のイメージ】

議論の変遷のイメージ

6.社員への説明と不安解消の取り組み

通常の人事制度改定であれば自社社員への説明で済みますが、合併の場合は、A社とB社それぞれの社員に対して現行制度を正確に把握をしたうえでの詳細な説明が求められます。

本事例では合併に伴う変更内容や新しい人事制度に関する説明会を実施し、社員の疑問や不安に丁寧に答える場を提供しました。説明会資料は「A社社員向け」、「B社社員向け」それぞれ作成し、必要に応じて「一般職向け」、「嘱託社員向け」など、社員区分ごとの資料作成を行います。

さらに、社員の意見や不安を把握するため、「社員コミュニケーションプラン」を立案し、できるだけ早期に概要説明を行いました。社員への条件通知はいつ誰がどのような形式で行うか?といった検討や通知書のフォーマット作成などの実務面のサポートも実施しました。

AUTHOR
桐ヶ谷 優
桐ヶ谷 優 (きりがや まさる)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員COO マネージングディレクター
慶應義塾大学文学部卒業

大手人材派遣会社および外資系コンピューターメーカーの人事部門にて、人材開発や人事制度設計に携わる。その後、国内系人事コンサルティング会社を経て現職。
主に人事制度改革を中心にコンサルティングを行う。最近では、企業再編に伴う人事制度改革や組織改革に従事。また、制度設計だけでなく、人事制度導入局面でのコンサルティング経験も豊富に持つ。

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