カーブアウトとは、ある企業が自社の事業ポートフォリオの組み換えや最適化を実現するため、その企業の一部を売却する取引を指します。
昨今の「事業ポートフォリオの再構築」の流れにおいて、カーブアウトは有効な手段の1つとして着目されています。カーブアウトでは、具体的なスキームに応じて、切り出される事業に従事する労働者の同意の有無など対応方法が異なる上、カーブアウト後の人事マネジメントに様々な工夫が求められます。
解決すべき課題
カーブアウトのメリットは、特定事業が置かれた環境にマッチした形で、機動的に事業展開ができること、事業の成長スピードを加速できる点にあると言えます。
カーブアウトでは、それまで特定の事業に関与してきた人材や技術をそのまま新会社・新組織へ移籍させることができる他、外部から新たな専門人材を採用し、更なる事業拡大と企業価値向上が可能です。また、カーブアウトのタイミングに合わせ、他の企業やファンドなど出資を受け、外部のサポートを受けながらバリューアップを図るケースも見られます。
一方、カーブアウトのデメリットは、「(親会社の制約等を受けない分)限られたリソースで当面の事業運営を行わなければならないこと」「(カーブアウト前に比べ)カーブアウト後のコーポレート機能・間接機能が低下すること」などが挙げられます。
カーブアウトを実行する上での人事上の課題として、
- 事業譲渡および会社分割に関する労務対応
- スタンドアローン・イシュー
があり、それぞれの人事面における留意事項を解説します。
1.事業譲渡および会社分割に関する労務対応
事業譲渡と会社分割における労働契約の特徴は下表の通りです。
【事業譲渡および会社分割における労働契約の取扱い】
労働者の同意 | 手続き | 承継する従業員の範囲 | 労働条件 | |
---|---|---|---|---|
事業譲渡 | 必要 | ‐ | 事業譲渡契約に基づく | 変更可能(個別に合意) |
会社分割 | 不要 | 労働契約承継法に基づく | 一定の労働者に異議権あり | 変更不可(包括的に承継) |
最大の特徴は、事業譲渡では個別同意が必要となる一方、会社分割については個別同意が不要という点です。
事業譲渡の場合、売主(譲渡企業)と買主(譲受企業)の合意だけでは労働者や労働契約を承継させることはできず、「転籍同意」の形で労働者の個別同意を取得する必要があります。買主側にとって、売主側の従業員から個別同意を得ることのハードルは非常に高いと言えます。
そのため、事業譲渡の多くのケースでは、売主(譲渡企業)が適用してきた労働条件と同内容・同水準の労働条件を買主(譲受企業)が提示することが多いです。そうしなければ売主側の従業員を移籍させることができないのです。
また、事業譲渡の場合、売主と買主の合意により、譲渡対象となる事業に従事する労働者を個別に選別することが可能である点も特徴の一つと言えます。
但し、売主としては、譲渡対象の事業に従事する従業員の一部のみを移籍させ、その他の従業員は移籍させない、となると、譲渡対象以外の自社に残す事業に当該人材を再配置せざるを得なくなります。そのため、一般的には、譲渡先に転籍させる社員と転籍させない社員を峻別することは困難な場合も多いです。
一方、会社分割では、分割契約に対象となる従業員を記載することにより対象となる労働者の同意を得ることをなく、労働契約が承継されます。(会社分割による承継は包括承継であるため、原則として対象となる労働者の労働条件がそのまま承継される。)なお、承継される事業に主として従事する労働者は、承継対象とならなかった場合に異議を申し出ることで承継対象に含められるようになる権利を有します。
他方、承継される事業に主として従事していない労働者(例えば、当該事業をサポートしている管理部門の労働者)は、承継の対象とされた場合に異議を申し出ることにより、承継の対象から除外されることとなります。
カーブアウト実行時に、事業譲渡と会社分割のいずれのスキームを取るかは、人事面だけでなく、法務・税務・会計など様々な観点から総合的に判断されるべきものですが、人事面においては、上記のような異なる対応が必要となることを認識しておく必要があります。
2.スタンドアローン・イシュー
通常、カーブアウトM&Aにおいて譲渡対象となる事業は、売主側が企業グループの様々な機能のサポートを受けて運営されていますが、譲渡対象事業が売主から切り離されることにより、従来まで受けていた様々な機能・サービスを受けられなくなります。このことを「スタンドアローン・イシュー」と呼びます。
カーブアウトM&Aに際し、組織・人事面に関して発生する「スタンドアローン・イシュー」は以下の3点です。
カーブアウトM&Aに伴う組織・人事面の「スタンドアローン・イシュー」
- ①
人材採用・人材育成に関する機能の喪失
- ②
給与計算・社会保険・勤怠管理に関する機能の喪失
- ③
人事制度(評価・処遇など)の運用に関する機能の喪失
買主の立場に立てば、「スタンドアローン・イシュー」に伴う影響をデューデリジェンスの過程で事前に把握しておくことが不可欠です。
買主が「スタンドアローン・イシュー」を見過ごしてしまうと、カーブアウトM&Aで譲り受けた事業をスムーズに軌道にのせることができず、期待した事業価値を実現できないことになります。
譲渡対象事業に従事する従業員のうち、直接部門に所属する従業員の承継はさほど大きな問題とはなりません。しかし、総務・人事・経理・財務・法務・情報システム部門などの管理部門・間接部門に従事する従業員については、一般的に譲渡対象に含まれないことが多く、買主側に承継させることができないため、これらの機能を何らかの方法で維持・継続させなければなりません。
売主の間接部門がこれまでサポートしてきた機能がスタンドアローン・イシューによって影響を受けることとなった場合、一般的には、買主が売主との間でTSA(Transactional Service Agreement)を締結し、取引完了後も一定期間売主の間接部門が提供するサービスをカーブアウト後も受けられるよう、協議が進められることが多いです。その他にも、カーブアウト後に新たなコーポレート機能を立ち上げる(当然ながらそのための専門人材の採用が必要となる)、あるいは外部の専門機関に当該業務の一部をアウトソーシングする、といった方法が想定されます。
その他の人事機能としては一般的に下記項目が「スタンドアローン・イシュー」に該当します。
- 健康保険組合
- 企業年金・福利厚生(特に、グループ保険、社宅関連、社員食堂など)
- 給与計算・社会保険事務
- 採用機能(入社手続)
- 退職手続
- 教育研修機能
- 人事情報システム など
上記のような「スタンドアローン・イシュー」は、労働条件や福利厚生水準が非常に手厚い大手企業グループが売主側となった場合、より顕著な形で発生することになります。
特に、年金制度は従業員にとって非常に関心の高い制度の1つであり、買主側で類似の年金制度が既に存在する場合は、当該制度へ移行させる、あるいは、類似する年金制度が存在しない場合は買主側で受け皿となる年金制度を新たに設計する、などの選択肢を視野に入れて対応を進める必要があります。
また、様々な制約から買主側が直ぐに受け皿となる年金制度を準備できない場合、一定期間既存の年金制度を継続利用する、といった代替措置の可能性を模索しなければならないケースもあります。
大手企業の一事業や子会社がカーブアウトM&Aによって切り出されることとなった場合、従業員との雇用契約に含まれる諸制度・諸要素が、譲渡対象事業の従業員のモチベーションの源泉となっていることも多く、これからの諸要素が適切に維持・継続されないとなれば、従業員の離脱やモチベーション低下を招く可能性があります。かと言って、買主側では同様の諸制度・諸要素をどうしても整備できないケースもあります。
カーブアウト検討時からスタンドアローン・イシューを早めに予測しておき、売主と買主の間での協議に基づき取りうる代償措置を講じること、また、カーブアウト対象となる従業員に早期から丁寧なコミュニケーションを図ることが不可欠です。
課題解消のアプローチとクレイアの付加価値
カーブアウトにおいて、クレイア・コンサルティングは以下の側面からご支援します。
1.カーブアウトの対象事業に関する人事デューデリジェンスの実施
短期間でカーブアウト対象事業の組織・人事・労務面のリスク抽出と対策立案を行います。
【主な支援内容】
- 対象事業の組織・人事に関するリスクの抽出と対応策の策定
- カーブアウト後の人事機能(給与計算、社会保険、勤怠管理など)の運営方針の策定
2.カーブアウト後の新組織の就業条件(就業規則)の策定
カーブアウト直後に新組織の運営において必要となる基本的な就業条件・労働条件の整備を行います。
【主な支援内容】
- 新組織の就業条件の策定(就業時間、休日休暇、有給休暇、定年など)
- 勤怠管理の詳細ルール
- 人事関連諸規程の作成(労働基準監督署への届出のための準備)
3.カーブアウト後の新会社の基幹人事制度の設計と導入支援
カーブアウト後、一定期間内(半年~1年後)に整備が必要となる基幹人事制度の整備をリードします。
【主な支援内容】
- 基幹人事制度(等級制度・評価制度・報酬制度)の設計
- 制度導入に向けた従業員向けコミュニケーション支援
- 人事関連諸規程の整備
- 新人事制度に関する管理職(評価者)向けのガイダンス・トレーニングの実施支援
4.カーブアウト後の新組織の従業員向け意識調査の実施
カーブアウトから約1年程度が経過した時点で、新組織の従業員向けに意識調査を実施し、従業員が前向きな貢献意欲をもっているか、従業員の勤続意欲に変化がないかどうかを確認します。
【主な支援内容】
- カーブアウト後の従業員の意識状態に関するモチベーション調査の設計・実施
- 従業員向け意識調査の分析結果に基づく改善施策の提示