パネリスト
・アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 パートナー 田中 勇気 弁護士
・当社執行役員 マネージングディレクター 針生 俊成
司会
・当社執行役員 ディレクター 桐ヶ谷 優
個別同意や人員余剰リスクへの対応策
司会 「労働条件そのままでは受け入れられない」という買い手側の方々もいらっしゃいますし、労働条件を引き下げてでも送り出したい売り手側の方々もいらっしゃるかと思います。
そこで、3つ目の質問です。
「不利益変更を伴う個別同意の取得においてどんな工夫があり得るのか」です。
仮に一国二制度になる場合、留意事項としてはどんなことがあるのでしょうか?
田中弁護士 手法によっても異なりますが、例えば事業譲渡の場合は、同意がなければ移ってもらえません。
同意を取る時に、一緒に引き下がった条件についても同意してもらう。そういう形で個別同意が取れるかどうかにかかっています。
特に、承継先に移ると労働条件が下がってしまう場合は、当然人間の心情として同意したくないわけです。
会社を変わってくれと言われる、しかも労働条件も下がってしまうというわけですから、同意をするインセンティブが無い訳です。
その部分については、勿論将来のキャリアプランの話とかもあるでしょうが、売り手側である程度の期間、3~5年間位、賃金補填措置をするということをやっています。
移って頂くことへの不安や不利益を少しでも解消して、同意の方向に流れて頂くわけです
現実的な事を申し上げると、売り手側ではその人が移らなければ、余剰人員になってしまう可能性があるわけです。その人が従事していた事業が(売り手側には)無くなってしまうわけですから。
では、売り手としては通常どうしているかというと、「労働条件は下がるが、3~5年位賃金補填をするので、移ってもらえませんか。移れないのであれば、今ここで割増退職金を払うので、希望退職に応募してくれませんか。どっちか選んでもらえませんか。」というアプローチを行っています。
いずれにしても、従業員側の選択ですし、「どちらも選ばない」という選択も実際にはあるわけですが、通常はそういう形で進めています。
一方で、会社分割や合併など、労働条件を引き継いでしまう場合では、どうやって不利益変更を実施していくかが重要です。
労働組合がある場合は労働協約で変えて、不利益変更を進めることになりますので、比較的やりやすいです。
労働協約で不利益変更すれば、組合員は全員拘束されるので、実務的にはシンプルに処理出来ます。
ただ、労働協約というのは、当然組合員でない人には効力が及ばないのが原則です。
そうした人達、あるいは、労働組合が存在しない場合は、就業規則の不利益変更を行うわけです。
ここについては、皆さん非常に難しいというイメージを持たれているようですが、実務的なポイントは、「個別同意が取れた数」です。
就業規則の不利益変更の場合でも、まずは同意をしてくれないかと、頑張るわけですが、同意をしてくれた人の数が(全社員の)60%を超えていれば、過去の最高裁判例から、大丈夫かもしれないという推認が働きます。(組合が同意してくれたのであれば組合員の数も含めます)
さらに言うと、3/4を越える同意を取れたということであれば、「まず大丈夫だろう」という感覚はあります。
こういう目安を念頭に置き、まず同意を取る努力をし、目安を越えたことが確認できれば後は、同意をしてくれない人が仮にいたとしても、押し切ってやってしまうということはえあります。
ただし、押し切る時に注意頂きたいのは、『じわじわゆっくり』で、急がないことです。
経過措置を設けるなどして、じわじわやっていくことが非常に大事だと思います。
限られた人にだけ希望退職金のオプションを提示することは可能なのか?
針生 不利益変更とモチベーションの問題が怖ければ人件費を確保するしかない、という中で、現実は「程度問題」となる事が多いです。
不利益変更が増せば、法的リスクも大きくなるわけですが、多少のリスクであればコントローラブルなところはあります。
どんな不利益変更であっても、不利益変更を起こせはモチベーションが上がることはなく、普通はモチベーションが下がります。
例えば、700万円の年収の人が600万円に低下するとなると、100万円の人件費の低下になるわけです。
モチベーションがものすごく下がって、法的リスクも抱えます。
であれば、先生が先程おっしゃったように100万円下がって働き続けてもらうか、割増退職金を払って希望退職に応じていただくか選択してもらう。
そうすると、100万円の減額ではなく、700万円がまるまるなくなるわけですから、そこから割増退職金の原資が出てくる、というのが人件費の理論ではあるわけです。
その時ひとつ悩むのは、「このように年収が下がる人にだけ割増退職金のオプションを提示する」「あくまで応じるかどうかは自由意志と言いながらも、限られた人に希望退職金のオプションを提示する」ということは、法的に問題はありますか。
田中弁護士 問題無いです。
希望退職の募集については、私自身が最高裁まで争って勝った案件があります。
基本的に使用者の裁量は広いです。
どういう範囲の人に希望退職募集の制度の提供をするか、仮に対象だったとしても、応募してきた人に対して、「この人は優秀だから残ってもらいたい」として、制度の適用を拒否することも自由です。
針生 そういう事をやりながら、一律ではなくて、個別条件を細かく設定しながら進めることが多いと思います。
しかし、仮にそういうオプションを取るとして、年収が下がって、希望退職もあります、という話を、今度は「誰がするのか」という問題になってきます。
人事の担当が全部やり切れればよいのですが、短期間に相応の人数を対象に希望退職をやらなければいけないとなると、やはり職場の上司ですとか、部長レベルの方々が担当することになります。
そうした場合、「感情のもつれ」、「言い方の問題」というのが現実に起こります。
部長レベルの方々にプレッシャーがかかって「なんとか同意を取らねば」「なんとかサインをさせねば」となると、非常に高圧的な物言いになったり、あるいは、無理を強いたりということになります。
先生が先程、「じわじわじっくり」とおっしゃっていましたが、私は「決して人格に踏み込んだ物言いをしないでください」、という事をよく言います。
「こうなったのは組織変更の理由であって本人の原因ではない」と思って同意をとらないと、やはりこじれます。
田中弁護士 おっしゃる通りです。
針生 そこで「誰が説明するのか」「説明する人が増えた場合はその説明の内容やトーンをどうやってコントロールするのか」というプランニングが重要になります。
例えば、現場の管理職の皆様で、「希望退職の説明を経験した事がある」という方はなかなかいらっしゃらないかと思います。
現実に希望退職のオプションを提示するとなった時に説明者が対応できない場合、そのような「コミュニケーションのコントロールをどうしますか?」というのは、コンサルティングを進める上では、非常に気を使います。
組織再編時の割増退職金の相場は?
司会 昨今の組織再編時の希望退職において、どのくらいの月数の割増が積まれるのか、肌感覚としてどの程度でしょうか。
合わせて、組織再編時に不利益変更があって給与減になる場合、どれくらいのパーセンテージ・金額・インパクトで行われることがあり、危険水域はどれくらいなのでしょうか。
田中弁護士 割増退職金については、会社ごとに大きな違いがありますが、何をベースに発想しているかと言いますと、「裁判実務で解雇が争われた際の和解の相場」です。
勝ち筋ですと、和解金は大体3か月分位。
負け筋だと大体1~2年分位。どちらが勝つかわからないとなると6か月分位です。
そうした相場感をベースにして「今回については、会社の事情であって整理解雇をできるわけない」という状況の時には、それなりの金額を積んでいるケース、具体的には6か月以上積んでいるケース、というのが多いのではないかなと思います。
たまにものすごく積んでいらっしゃる方もいて、「こんなに必要ですか?」と質問する事もありますが、「前例があるのでこれでやるしかないのです」とおっしゃられる場合もあります。
法理論的には、前例を踏襲する必要性はないのですが、実務上、前例踏襲というのは重要なところかと思っています。
あと、給与減のことですが、個別同意が取れているのであれば、引き下げに関して法的観点から「どこが限界のパーセンテージ」というものはありません。
一方で、先程の話のように個別同意をある程度取れていて、取れていない人達に対して一方的に不利益変更していく時に、法律家が良く言う目安というのは「10%」です。
これは、「懲戒の時の減給の上限が10%」ということから来ています。
なので、10%を超えると危ないです。
「トラブルを避けるならば、7~8%程度に抑え、10%より下げるとより安全です」という話をよくします。
勿論10%でも全然人件費が下がっていない、という時に少し超えて11~12%までいくこともありますが、「10」という数字が基準となることが多いです。
針生 割増退職金の水準設計の仕事の経験も多くありますが、結果として6か月分位になる事が多いです。なので、6か月分がひとつの相場額だと思います。
私共がどういう考え方で設計するかという話をさせてもらいますと、割増退職金をもらう人と、見送る社員のことを考えます。もらう人は勿論たくさん欲しい訳ですが、残る人に「うらやましい」と思われたら、失敗です。
そこにはある程度の妥当感・公平感・論拠がないとマズイと思っています。
(希望退職の応募者に対して)再就職支援を付ける場合、雇用確保の支援をすることを前提に考えると、「再就職後は若干給与が下がるだろう」という想定を置きます。
その会社さんと世間相場と比較して、残り60歳までここに勤めていたら給与が下がらなかったと仮定して、下がる分を割増退職金として補填します。
例えば50歳の方だと下がる金額の10年分。
これを聞いて驚かれる方もいらっしゃいますが、下がる分だけです。
そうして計算すると大体6か月分位になります。
就職支援することを前提に、再就職後の年収が下がる場合、その分を補填しましょうという考え方になります。
中には「再就職は自分でどうにかするからいい」という方もいらっしゃいますが、そういう方の場合は再就職支援のコストを更に上乗せします。
とすると、さらに100万とか150万が乗ります。
そういうことを考えながら月数の根拠を示していくと、年齢的に45歳位からが(希望退職の)対象になると、最高で10か月分位、55歳を過ぎられると3か月分位、50歳位が最高になるようなカーブを描くことがあります。そのように設計すると、年齢によって月数が変わる事になります。
先程、会社が選択的に希望退職を募集する事ができるのか質問しましたが、「そのオプションは私にないのですか?」と社員から質問が来る可能性があります。
それは「やめたいです」と言われているのと同じです。
そういう発言を社員にさせるわけにはいかない。
ですから、過度に乗せていると思われるわけにはいかず、かといって、応募するにあたって不安を感じさせるような月数でもまずい、というバランスをとって設計します。
司会 以上でパネルディスカッションを終了させていただきます。
田中先生、ありがとうございました。