2.「日本企業の人事部」は何を行なってきたか?
会社を元気にするために、これからの人事部はどうあるべきでしょうか?
このテーマを考える前に、これまでの日本企業の人事部が組織の中でいったいどのような役割を果たしてきたのか簡単に振り返ってみましょう。人事部の役割は、その時々のビジネスルールの変化と密接に関連しています。
ここではとくに高度経済成長期以降の人事部の役割を見ていきたいと思います。
高度経済成長期の人事部
まず、1960年代、70年代を振り返ってみると、その当時の日本経済で中心的な役割を果たしたのは製造業でした。
右肩上がりの経済成長のもと、製造業に携わる企業では、スケールメリットの拡大と生産の効率化が経営上の重要課題となりました。拡大する組織とその組織をいかに効率よく統制していくかという観点から、人事施策の面では「組織力の強化」が大きなテーマとなりました。
この時代においては、不足する労働力を毎年の新卒一括大量採用によって確保し、年齢にもとづく序列で組織を管理していきました。必然的に、組織の形態は経営層を頂点とするピラミッド型の構造となりました。ピラミッド型の組織構造であれば、経営層が決定した方向性を組織の隅々にまで広く浸透させることができ、組織全体としての足並みを揃えることができたのです。
そのような組織において、管理職には経営層からの指示を下の階層の社員に過不足なく伝達し、ピラミッド構造全体をうまくまとめる能力が求められました。一方、一般社員には、ピラミッドの底辺を支えるために、各自に割り振られた担当業務を首尾よく着実に実行する能力が求められました。
このように「組織力の強化」が人事施策の重要課題であった当時、人事部は主に次の役割を担っていました。
《高度経済成長期の人事部の役割》
①社員を一律平等に処遇し、モチベーションの維持を図る
この背景には、先ほども述べたように「高度経済成長のもとで労働力不足が発生し、新卒一括大量採用が企業の労働力確保の中心的手段として定着した」ことや、「そのようにして大量採用された若手人材をある年齢に達するまでは、一律平等に処遇する」という考え方がありました。
同じ入社年次であれば同程度の給与と同程度の肩書を与えることにより、社員のモチベーションを維持し、組織を安定的に運営しようと努めました。
②組織内の制度・ルールを中央集権的に構築し、コストを管理する
ピラミッド型組織を維持するために、「中央集権的にルールをつくり、それを徹底させることで、組織全体のコストを管理すること」が、人事部のもう一つの役割でした。いわば「組織におけるルールの番人」として人事部は機能しました。
このようにして、「組織力の強化」という目標を達成するために、当時の人事部は極力例外をつくらず、集団のモチベーションを維持し、統一的な社内のルールを徹底させることで、コスト管理を行なっていったのでした。
そのため、社員の目には、「人事部は自分たちの給与や異動を“ひとごと”として一方的に決めている部署」として映り、近づき難い存在となってしまったのです。
また、人事部が中央集権的に組織のルールを決める権限をもっていたため、人事部員自身もいつしか官僚的エリート意識をもちはじめました。
その結果、入社以来何年間も人事部に所属し、「人事の実務や社内の人間関係には詳しいが、経営の方向性や現場の状況については何もわからない」といった人事部員も現れることとなりました。
バブル経済崩壊後の人事部
1980年代から90年代前半にかけての好景気からバブル崩壊の流れの中で、継続的な企業成長が見込めなくなると、それまでの日本企業を支えてきた人事制度のあり方は大きな見直しを迫られました。
企業成長の鈍化とともに、「終身雇用・年功時列の崩壊」が起こり、「労働市場の流動化」「組織内の家族主義的な価値観の消滅」といった変化が起きることとなりました。 企業は厳しい環境下で生き残るために、「継続的な成長を前提とした一律的な管理」から、「個人の実力にもとづく処遇」への転換を余儀なくされたのです。
こうして、「実力主義」が標榜されはじめると、人事部の役割にも大きな変化が生まれました。 このような時代には、社内人事に詳しく、管理や調整を行うだけの人事部では、もはやその存在価値を発揮しえなくなり、「人材の側面から組織に対して付加価値を生み出す存在」へと変わらなければならなくなりました。
このように、1960年代から70年代にかけ、社員のモチベーション維持と全体のコスト管理に注力してきた人事部は、1980年代から90年代にかけてのビジネスルールの変化の中で、組織の中でより付加価値を発揮し、企業競争力向上に人材面で貢献することを求められていきました。
ITの発達とアウトソーシングサービスの普及
人事部の仕事がより戦略的になるにしたがい、一方では、従来から行われてきた事務作業はより一層効率化を求められることとなりました。
その流れを推し進めたのが、ITの発達とアウトソーシングサービスの普及です。
ITの発達にともない、地域や場所を越えて、ネットワークが張り巡らされると、人事部が多くの人材を抱え込まなくても、多数の社員からの問い合わせや要望にも十分対応できるようになりました。
また、これまで紙ベースで取り扱われてきた人事関係の文書の多くは電子化され、数多くの帳票を扱う“人事部員の手間”を大幅に省くこととなりました。 すでに先進的な企業では、「勤怠管理の申告」「扶養家族の認定手続」「福利厚生の事務手続き」などの事務作業は、すべて社員本人がイントラネットを通じてPCから直接入力させる仕組みを導入しています。
社員が入力した情報は人事部が管理するデーターベースに自動的に蓄積され、人事担当者がいちいち提出された書類をめくり、入力作業を行う必要がなくなりました。
また、少ない人員数で効率的に業務を遂行したい人事部のニーズを的確に捉える形で、人事関連業務のアウトソーシングサービスが普及しています。日常的に発生する「給与計算」「社会保険事務」「採用活動の募集業務」などの人事関連業務は、すべて外部のサービス会社に委託できるようになりました。
アウトソーシングサービスの活用により、自社の人材を抱え込まず、しかも一定以上のクオリティを維持しながら、業務の効率化を実現できることとなりました。
すでに一部の企業では、人事に関する企画業務と意思決定機能だけを人事部に担わせ、それ以外の日常的な人事業務はすべてアウトソースしてしまう企業まで出現しています。
このようにITの発達と人事関連業務のアウトソーシングサービスの普及が、人事部の日常業務の負担量を大幅に軽減し、人事部の役割をより戦略的な方向へと推し進めることとなっていったのです。
※この内容は2003年に書かれたものです。
- イントラネット
- インターネットの技術を用いて構築された企業内のネットワーク。企業内での情報検索や情報提供に活用される。
- 人事関連業務のアウトソーシングサービス
- 企業から委託を受け、「給与計算」「社会保険事務」「採用活動における募集業務」などの事務作業を全て請け負うサービス。