人間の成熟過程を動機づけ理論に応用した「成熟理論」
1961年、アージリスは、人格の成熟による自己実現を仕事や組織と関連づけて「成熟理論」を展開しました。成熟理論では、「人間の思考や行動は、成熟の程度に応ずる」と考え、人間が年を経て成熟する過程に7つの人格的な変化があるとしています。
《成熟過程における人格的な変化》
- ①
受身的→能動的
- ②
全面的依存→独立的
- ③
限られた行動方式→いろいろな処理
- ④
浅い関心→深い関心
- ⑤
短期的視点→時間的概念の広がり
- ⑥
従属的→対等・上位
- ⑦
自己認識の欠如→自己意識・自己統制
そして、「これらの特性で自己実現の程度を捉え、それをプロフィールに描くことで、自己実現の全体的な姿を表わすことができる」としています。職務の中でも、そのようにして明らかになった“成人のパーソナリティ特性”を発揮させるものが、「自己実現に結びつく仕事」になります。
アージリスは、「官僚的・ピラミッド的価値観が、今日の組織の問題を多く生み出している」と考えました。そこで、「管理のあり方が、職場での個人の行動や成長におよぼす影響」について調査を行いました。
その調査の結果、「労働者の無関心や怠惰は、組織管理の都合によって、成熟が制約されてしまうことから生じている。」と考えたのです。そして、Y理論にもとづく管理を行うべきであることを証明するため、下のような実験を行いました。
《アージリスの実験》
従来、工程専門家が指定した工程にしたがい、分断された作業に従事していた12名の女子工員に対し、一人一人が好きなように製品を組み立てさせました。
実験中は、各人が製品を自分で検査し、製品に名前を記し、自分で梱包し、製品への苦情処理も自分で行わせました。つまり、現在の「ボルボ方式(もしくは、セル方式)」といわれる組み立て方を取り入れたのです。
なお、実験中は、生産が落ちても賃金はカットせず、増産したら割増賃金がもらえることが保証されました。
実験開始当初、検査工も包装工も工程専門家もいなかったため、彼女たちは混乱し、最初の6週間で、生産性は70%以上も低下しました。こうした傾向はしばらく続きました。しかし、8週間目、ついに生産性が上昇しはじめたのです。15週目の終わりには、生産性はかつてない最高水準を記録しました。
しかも、生産性向上以上に重要なメリットとして、「ミスやムダを防ぐことによるコストの94%減少」と「苦情件数の96%減少」を得ることができたのです。
この実験から、仕事上、人々に“成熟の機会”を与えることは、彼女らの仕事への関心や意欲を高め、より高次元の欲求を充足させられることがわかりました。
一般的な組織では、「“協働”によって目標を達成すること」が第一義とされるため、個人は組織の枠にはめ込まれることになります。管理者は、労働者を交換可能な部品とみなし、組織管理効率を高めようとしています。つまり、「X理論にもとづく古典的管理論」が広く行われているのです。
ところが、先にも述べたように、個人差はあるものの人間は加齢とともに「未成熟から成熟へ」と連続的に成長してゆきます。成熟過程におけるこれらの組織の制約は、“子供の段階で留まる”ことを成人に求めるものです。成熟しようとしている人間に対して、X理論にもとづく管理による締めつけを行えば、欲求不満や心理的葛藤が生じるでしょう。その結果、仕事に対する関心が薄れていわれたことだけをやるようになり、または、必要悪としての“仕事に対して怠惰”を生じさせてしまうのです。
欲求の形成プロセスに注目した「期待理論」
モチベーションに関する理論は、大きく次の2つに分類できます。
《2つのモチベーション理論》
①内容説
「モチベーションの素は何か」を問う理論。「人間は自らの欲求を充足するために行動する」という前提にもとづいており、「人間は何によって働くように動機づけられているのか」がおもなテーマです。
代表的な内容説として、マグレガーの「欲求階層説」や、ハーズバーグの「意欲要因‐環境要因論」があります。
②過程説
「人はどのような過程で動機づけられるようになるのか」という、動機づけのプロセスをテーマとしています。代表的な過程説に、ヴルーム、ポーター、ローラーらによる「期待理論」があります。
期待理論では、欲求の存在を所与として、「どのように動機づけられるのか」というプロセスを説明しています。基本的に、人間は行動するとき、「その行動によって何らかの結果が生じる」ことを想定し、「その結果が得られる見通しはどの程度で、それがどれほどの価値をもつか」を予想していると考えられます。
ヴルームらは、「このような成果や報酬に対する“期待”が動機づけになって、行動が引き起こされる」と考え、期待理論を展開しました。
期待理論では、「モチベーション」を次のような枠組みで示しています。
ここでいう期待は、次の2つに分解できます。
《2つの期待》
①「努力→業績」
「努力すれば、ある一定レベルの業績をもたらすであろう」という期待で、「努力すれば業績があがるとわかる」と、その努力は強化されます。
②「業績→結果」
「一定レベルの業績が、ある具体的な結果をもたらすであろう」という期待で、「がんばって高い業績をあげることが、結果や褒賞に結びつく」とわかれれば、その努力は一層強化されます。
この2つの期待から、モチベーションの強さは、次の公式で表すことができます。
《ベーションの強さを表わす公式》
M=E1×Σ(E2×V)
M/モチベーションの強さ
E1/「努力→業績」の期待
E2/「業績→結果」の期待
V/結果の価値=誘意性
たとえば、強く入社を希望する会社があったとします。
しかし、「自分の資質では、どんなに努力しても、入社要件に適合するだけのエンプロイアビリティを修得できない」と思えば、その会社への就職活動をあきらめるでしょう(=E1が低い場合です)。
仮に、エンプロイアビリティを修得したとしても、強力なライバルが大勢いて、「とても入社試験に合格できない」と思った場合は、その会社への入社をあきらめるでしょう(=E2が低い場合です)。
あるいは、そもそも「その会社に自分が就職するだけの魅力」がなければ、その会社に入りたいという欲求は起こらないでしょう(=Vが低い場合です)。
※この内容は2003年に書かれたものです。
- 成人のパーソナリティ特性
- パーソナリティとは、主に心理学で用いられる言葉で、個人の内面的な特性、性格のこと。成人のパーソナリティ特性とは、人間が成熟するに際し、成長・発達の過程において形成されているべき性格のことである。
- 協働
- 複数の人間が、同一の集合体において、同じ目的のために協力して働くことを協働という。
- 誘意性
- 結果に対する魅力の程度を表わす言葉として誘意性という語を用いる。これには、正と負の2つの方向性があり、正の誘意性に対しては、その行動を促進させる力が働き、負の誘意性に対しては、その行動を回避させる力が働く。