2.やる気のメカニズム
続いて、“やる気”のメカニズムを考えてみましょう。
やる気のある状態とは、積極的・主体的に“働いている”状態ともいい換えられます。では、なぜ私たちは働くのでしょうか?そのメカニズムを有効に作動させる方法がわかれば、“やる気”を生み出すことができます。
「動因」と「誘因」の相互作用とは?
「働く」という行動は、「働くための目的」と「働こうとする意欲」の両方があってはじめて成立します。
人間の外部にあって、行動を方向づけ、ひきつけるものを「誘因」(インセンティブ)といいます。これは、行動を誘発する要因で、多くの人がまず思いを引き出す浮かべるのは、給与などの“金銭報酬”でしょう。
一方、行動しようという意欲を「動因」といいます。“人間の内部で行動を触発する原因”となるものです。動機・欲求・衝動・不充足感などともいわれています。
「動因」と「誘因」は、お互いがお互いの力を引き出す“相互依存関係”にあります。この2つの関係を、わかりやすい“食事”という事例をあげて解説しましょう。
誘因と動因の関係
《事例:食事をする》
“食事をする”という行動は、どうすれば起こるかを考えてみてください。“食べ物”という「誘因」だけがあれば、人はすぐに食事をするでしょうか?
答えは、ノーです。“お腹が空いた”という「動因」も存在しなければ、“何かを食べよう”という行動は起こりません。
私たちが“働く”という行動を起こすためには、食事をする場合と同じように、動因と誘因が両方同時に存在している必要があります(下図参照)。
何を重視して働くのか?
多くの人は、生活の糧を得るために働き、その対価として給与をもらっています。
では、人はお金のためにだけ働くのでしょうか?
ここで、転職を考えている3人を例に、何を重視して働くのかを考えてみましょう。次の3人は、非常によく似た境遇にありましたが、考えている転職先は各人各様でした。
3人の転職先候補
Aさん……自分の可能性を最大限に引き出せる「コンサルティング会社」へ転職。
Bさん……より高いインセンティブ性を求めて「外資系の投資銀行」へ転職。
Cさん……年収ダウンを承知のうえで、都会の殺伐とした雰囲気を離れ、「地元のアットホームな中小企業」へ転職。
上の例は、わりと一般的に聞かれる転職理由ですが、このように、「何を重視して働くのか」――いい換えれば、どんな動因と誘因の組み合わせがやる気に有効に作用するのかは、個人ごとに異なるのが普通です。
個人ごとに重視する内容が異なるのは、「価値観」が人によって異なるからです。
個人の価値観は、生まれつきの気質が骨格となっています。これに、幼少期のしつけや学生時代の交友関係、入社前のアルバイト経験など、さまざまな外的要因が加わることによって、少しずつ変化していきます。
そして、就業後も、企業風土やマネジメント・システムの影響を受けることによって、個人の価値観は変化してゆきます。
たとえば、変動幅の大きい処遇システムを有する職業に就いたものの、会社の利益第一主義的な企業風土になじむことができず、徐々に社会への貢献に目覚めてゆく例もあるでしょう。または、ビッグプロジェクトを手がけてみたいと大手企業に就職したものの、官僚的なマネジメント・システムによって管理されているうちに、いつしか進取の気性を忘れ、安定的な収入を得ることが目的となってしまうような例もあるでしょう。
賃金格差=やる気拡大?
何を重視するのかは、個人によって異なります。したがって、個人の業績によって大きな賃金格差をつける成果主義を導入しただけでは、社員全体のやる気を高めることができないわけです。
先の転職しようとしている同期入社3人の例で考えれば、賃金格差の大きな成果主義の導入は、高いインセンティブ性に魅力を感じているBさんについては、転職を思いとどまらせ、かつやる気を高めることに有効でしょう。
ただ、自分の可能性を引き出そうとしているAさんや、対人関係の改善を望んでいるCさんにとって、高いインセンティブ性は最重要の関心ごとではありません。その結果、賃金格差の大きな処遇制度を導入したとしても、彼らの転職を思いとどまらせ、やる気を高めることには、あまりできないでしょう。
同じ“やる気をもって働く”という状況をつくり出すためであっても、何がその人の刺激になるかは、千差万別です。「社員が目標に向かって行動を起こし、その目標を達成する意欲」を巧みに引き出すためには、個人の価値観に応じて「誘因」と「動因」を適切に組み合わせなければならないのです。
※この内容は2003年に書かれたものです。
- 官僚的なマネジメント・システム
- 厳格な中央統制と専門化・細分化された職務分担にもとづく組織の管理体系を、一般に官僚的な組織という。官僚的な組織では、明確な規律によって目標を能率的に実現する高度に合理化されたマネジメント・システムが構築されている。しかし、あまりに合理化が進みすぎると、規則や手続きへの執着、柔軟性の欠如、権限の墨守、創意の欠如、傲慢、不測事態での責任の回避などの弊害が生まれる。