3.なぜ、米国型職務主義人事制度ができたのか?
米国型職務主義人事制度は、米国企業のマネジメントのあり方にマッチした仕組みになっています。日本型人間主義人事制度が、日本企業のマネジメントのあり方を背景に発展してきたのと同様にです。
従来の米国型マネジメントの特徴
まずは、米国企業のマネジメントの特徴を整理してみましょう。 従来の米国型マネジメントの特徴
- ①職務の定義が明確である
- たとえば、営業職は「セールス担当」と「事務処理担当」が分かれています。セールス担当は「商談」のみ、事務処理担当は「伝票起票・整理・入金確認」などと、職務の線引きが明確です。 また、工場の作業員は、「担当ライン」や「担当範囲」ごとに採用されています。自分のラインの稼働率が低いからといって、他のラインを手伝わされることはありません。さらには、ラインの機械が故障したときに修理するのは、工務係の職務になります。ラインの担当者が自分で工具をもって修理したり、改良したりすることはありません。 このような明確な職務の分類と定義は、テイラーの科学的管理手法の流れを強く受けています。つまり、「それぞれの職務の範囲を明確にし、その範囲の中で専門性を高めていくことが、もっとも効率的に生産性を高めることができる」という考え方が背景にあります。
- ②差別に対する強力な抑制機能がある
- これは、人事の分野に限ったことではありません。とくに、「差別」や「年齢」も重要な差別要因と考えるところに、日本企業との大きな違いがあります 日本企業でも、男女雇用機会均等法施行後、人事の分野での性差別は確実に改善されてきていますが、「定年制」という考え方はまだ許容されています。 米国では、年齢によって解雇するという「定年制」は、立派な差別と考えられています。米国企業では、処遇に影響を与える要因から差別的要素を徹底的に排除し、なおかつ処遇決定基準の公正性・透明性を非常に重要視しています。
- ③外部労働市場を積極的に活用
- 米国企業では職務が標準化されているため、社外から調達した社員でもすぐに職務になじめ、「自社内で教育するコストが低い」というメリットが得られます。 また、企業の経済的事由によるレイオフが認められており、職業経験をもった労働者た社外に多数存在するために、即戦力を中途採用しやすいのです。このため、企業は自社内で人材を抱え込むよりも、「業績に応じて中途採用とレイオフをくり返し、社内の労働力を調整するほうが合理的」と考えています。 しかも、組合は職種単位を基本としており、会社横断的に組織されているケースも多いため、「社員が自社と他社の就業条件を比較検討する」ことも容易です。このことが、社員の自発的な転職を促すケースもあります。 企業も社員も、お互いの関係を“永遠の関係”とは考えておらず、「需要と供給によって決まる処遇条件を前提とした、契約の関係」と考えているのです。そのため、処遇条件が気に入らなければ、企業側からも社員側からも、契約の解除(と新しい処遇条件での契約)を求めるのが、通例となっています。
米国型マネジメントに合致した職務グレード制度
職務を基軸としている米国型人事制度では、報酬などの処遇もそれに沿う形で行われます。処遇は、職務分析と職務評価によって決定される「職務グレード」を基準に決まります。職務分析と職務評価では、次のような要素をもとに、職務価値を算出します。 職務価値を決める要素
- ①権限と責任
- ②アウトプットすべき成果
- ③必要とする能力
- ④就業環境など
具体的には、これらの要素を記述した「職務記述書」を作成し、職務価値をポイント化します。このポイントによって、職務グレードを決定するのです。 ところで、この「職務グレード」は、それぞれの“職務の価値の分布”を示しているにすぎません。 たとえば、〈グレード2〉の社員が、処遇を向上させるために、〈グレード3〉にあがりたいと考えたとします。彼は、まず〈グレード3〉の職務内容を調べ、その職務に必要な能力を身につけなければなりません。しかも、その能力を身につけただけではグレードはあがらず、その職務に実際に就任しなければ、グレードがあがらないのです。 つまり、〈グレード3〉の職務がすべて埋まっていれば、彼がどんなに努力をしても、能力を高めても、〈グレード3〉にあがることはできません。 また、職務グレードには、一般的に「エグゼンプト」と「ノンエグゼンプト」の間に大きな隔たりがあります。 このエグゼンプトは、「MBA(経営大学院)卒」を前提としているケースが多く、当初からエグゼンプトとして採用されます。ノンエグゼンプトがエグゼンプトにあがる確率は、まったくないわけではありませんが、非常に低くなっています。 これらの結果、「全社員がグレードを下から順番にあがっていく」という考え方は存在しません。これは、「大卒ホワイトカラーであっても、高卒ブルーカラーであっても、同じグレード(能力等級)を下から順番にあがっていく」という建前をとる日本的人事制度とは大きく異なるポイントです。 確かに、日本企業においても、「大卒ホワイトカラーと高卒ブルーカラーでは最高到達点が異なる」ケースが一般的ですが、米国企業のような明確な格差はありません。 処遇には職務(職位・ポジション)が決定的な影響を与えるわけですが、配置(ポジションアサイン)は「職務記述書」と「候補者の能力」を見比べて決定します。ただし、日本企業の「職能記述書」のような具体的で統一的な能力評価の基準があるわけではなく、個々の職務の上司が、職務記述書に照らして個別に判断していくことになります。
※この内容は2003年に書かれたものです。
- テイラーの科学的管理手法
- 人材を合理的経済人として捉え、人材の生産性を最も高めるためには、仕事のやり方、人材の抜擢、教育訓練などを科学的・合理的に管理することが必要であるという考え方。この考え方は、人材の創意工夫を行う能力を無視しているなど、後に多くの批判を浴びtg、一方で、職務設計や業務の組織的分業などの手法の確立に貢献したともいわれている。
- 男女雇用機会均等法
- 1999年4月に施行された改正男女雇用法は、募集や採用に際して、男性と同等の機会を女性に対しても与えるように求めている。法の趣旨は、女性に与えられている権利が、男性に与えられている権利を下回ることを禁止するということであり、男性の権利が女性のそれを下回ることについては禁止していない。
- レイオフ
- 一時解雇。企業の業績が低迷している期間、一時的に雇用契約を解除するが、企業の業績が向上すれば、再び雇用をする仕組み。一時解雇は勤続年数の短い社員から順番に行われ、再雇用は勤続年数が長い順に優先的に行われる(これを先任権という)。「高齢者から順番に解雇し、再雇用はしない」という、日本企業が行う整理解雇や退職勧奨とは異なる。
- 職務記述書
- 職務に付随する権限、責任、アウトプットすべき成果、業績評価基準など、職務内容を定義したもの。
- エグゼンプトとノンエグゼンプト
- 前者が「公正労働基準法で規定されている残業代支給対象外の労働者」であり、後者が「残業代支給対象の労働者」のこと。エグゼンプトは、職務の性質上、自ら時間管理を行うことが適切と考えられる労働者を対象としている。『アメリカの賃金・評価システム』(笹島芳雄著)では、エグゼンプトの対象職務の例として「管理的労働者、基幹的労働者、専門的労働者、外勤セールスマン」などをあげ、雇用者全体の約2割がエグゼンプト労働者であると紹介している。
- MBA
- Master of Business Administration(経営学修士)の略。ビジネススクールなどにおいて、大学院レベルの経営学履修プログラムを修了したものに与えられる学位。MBAは、経営に関して高い専門性を有していることを示す資格として、日本のビジネスマンの間でも広く認知されるようになってきている。
- 職能記述書
- 求められる職能の種類、レベル、職能判定の方法、標準的な業務内容など、職能等級ごとに職能の内容を定義したもの。職能等級基準書などと呼ぶ場合もある。