なぜ、日本型人間主義人事制度ができたのか?
前項で、日米の人事制度の特徴やメリット・デメリットを整理して見てきましたが、じつはそれぞれの人事制度の背景には、これまでの日本企業・米国企業で行われてきたマネジメント手法からの影響が隠されています。つまり、企業のマネジメントのあり方と人事制度は密接な関係にあるのです。(下図参照) 基本的に、人事制度は企業のマネジメント・スタイルに合致するように設計されますが、「その人事制度の運用によって、企業のマネジメント・スタイルが強化される」という側面もあります。つまり、“鶏が先か卵が先か”という議論と同様、「企業のマネジメント・スタイルが人事制度を規定するのか、人事制度が企業のマネジメント・スタイルを規定するのか」という議論もまた、明確な線引きが難しいわけです。 しかし、企業のマネジメント・スタイルと人事制度が密接な関係にあることは確かであり、どちらか一方が変化するとき(あるいは変化しなければならないとき)、もう一方も変化を迫られるという関係にあります。 では、日米はそれぞれ“どのようなマネジメント・スタイル”にもとづいて人事制度をつくり上げてきたのでしょうか?ここでは、日米それぞれの「マネジメント・スタイル」と「人事制度」の関係を見ていくことにしましょう。
従来の日本型マネジメントの特徴
まず、従来の日本企業のマネジメント・スタイルを整理してみましょう。 従来の日本型マネジメントの特徴
- ①職務の考え方が曖昧である
- 「中核的な職務・責任・権限」は規定しつつも、実際にはその職務に就く社員の能力によって、職務の範囲や権限が柔軟に変わります。つまり、「個々の職務の範囲・責任・権限」を明確に定義して、社員を当てはめたりはしないわけです。 権限の範囲が変われば、それに応じて責任の範囲も変わりますが、権限を明確に定義し直すわけではないので、責任の範囲は曖昧なままになってしまいます。
- ②終身雇用(厳密には、長期安定雇用)の前提がある
- これは、「一旦雇用した社員を定年まで雇用し続ける」という暗黙の了解です。 企業は当然ながら“景気変動”の影響を受けますが、景気が下向きになり、企業の業績が厳しくなると、社内の配置転換・職種転換・グループ会社への出向転籍などの手段を講じて、雇用を守ってきました。 これを逆にいえば、「長期安定雇用と引き換えに、社員は配置転換や職種転換を受け入れてきた」ともいえます。配置転換や職種転換に応じることで、社内での存在価値を維持することができたわけです。
- ③生活保障を重視する
- 企業は、社員が一企業で職業人生をまっとうする(副業をせず、一企業に職業人生を捧げる)ことと引き換えに、社員の生活保障に多大な配慮をしています。すなわち、年齢とともに上昇する生活資金を強く意識した処遇を行っています。 この結果、処遇は年功序列になります。年功序列とは、処遇を決定する要素として年齢要素を重要視することです。能力測定や成果測定など、その他の処遇を決定するための基準が曖昧であるために、年齢を基準とした処遇になりやすいことは、すでに指摘しましたが、その他にも、年齢による処遇を行う原因があるのです。
- ④企業内組合と、協調的な労使関係がある
- 組合が企業単位でつくられているため、企業と組合の利益の一致を見い出しやすくなります。しかも、組合が社員を組織化するためには、さまざまな職務につく社員を一律に取り扱う必要があり、処遇管理も社員一律となりやすいのです。 現に、春闘などの労使交渉では、組合員は、職種や職務内容に関わらず一律に取り扱われてきました。単純に、「企業内組合が社員の一律管理や平等処遇の原因であった」とはいい切れませんが、「大きな要因であった」とは考えられます。
- ⑤新卒を中心とした採用である
- これは、「職業経験のない学生を大量に採用し、自社で教育していく」仕組みで、“終身雇用”という特徴と密接に関連しています。 職業経験が豊富な労働者の市場が未成熟で、中途で採用することが困難であったために、企業は労働力確保のために新卒を採用しなければならなかったのです。このため、企業の人員計画は、非常に長期をにらみ、採用した新卒が戦力化するまでのタイムラグを考慮しながら、立てられています。 一方で、職業経験がない学生を採用することで、その企業に適した社員に育て上げることが可能になりますが、その結果として“同質の集団”ができあがることになります。
日本型マネジメントに合致した職能資格制度
日本型人事制度は、「職能資格制度」を中心に構成されています。 日経連編の『能力主義管理』によると、職能資格制度は「職能資格体系・基準に基づいた社員の昇格・昇進、賃金決定、教育訓練、異動・配置を行うトータル人事システム」と定義されています。 また同書では、職能資格制度の中核概念である「職能」を次のように定義しています。 職能の定義
- 職務遂行能力=体力×適正×知識×経験×性格×意欲
つまり、職務遂行能力は広範な能力要素を含んでいます。とくに、「性格」や「意欲」を能力として認めているあたりは、独特の考え方でしょう。 職能資格制度の最大の特徴は、「社員の処遇のすべてを、能力の保有状況に応じて決定する」ということです。 つまり、職務遂行能力そのものは「職務を遂行するための能力」であり、職務と密接に関連して定義されているとはいえ、処遇は「職務遂行能力を有しているか否か」で決定され、「実際にその職能を必要とする仕事をしているかどうか」は問われません。 たとえば、「部長」としての職務遂行能力を有している社員は、実際に「部長」のポストに就いていなくても(実際には「課長」であっても)、「部長」の能力に相応しい処遇を受けられます。 ここが、先に述べた“日本企業のマネジメント”にもっともマッチしたポイントです。すなわち、一人ひとりの社員の職務範囲や
内容を詳細に決定しなくても、処遇を決定でき、さらには「高い職務遂行能力を有しているのだから、それなりの仕事をすべき」という発想で、優秀な(高い職務遂行能力を有している)社員は職務範囲を拡大していくわけです。 「職務に合わせて能力(人材)を調達するのではなく、能力に合わせて職務を調達する」という、日本企業のマネジメントに適した制度といえます。
※この内容は2003年に書かれたものです。
- マネジメント手法(マネジメント・スタイル)
- 社員を統率し、組織の目標達成へと向かわせる仕組みやパワー。権限規定、業績管理制度、情報伝達経路などの目に見える仕組みだけでなく、組織風土などの暗黙のルールもマネジメント・スタイルのひとつである。
- 生活保障と社会保障
- 生活保障とは、社員の生活水準を一定以上に保つために、報酬水準などに配慮すること。社会保障とは、社会政策の一環として整備された年金や医療などの相互扶助的な仕組み。
- 人員計画
- 事業計画の遂行に必要な人員数を組織階層や組織機能、職務ごとに算出し、不足人材の調達(採用や育成)、余剰人材の整理(配置換えや退職など)などの計画を立てること。