はじめに
働き方改革法案(①時間外労働の上限規制、②高度プロフェッショナル人材制度の導入、③同一労働同一賃金の法整備化)が、2018年6月29日に成立しました。①時間外労働の上限規制、および②高度プロフェッショナル人材制度は2019年4月に、③同一労働同一賃金は2020年4月に施行されます。
本コラムでは、非正規雇用労働者の待遇格差是正を目的とした③同一労働同一賃金が、企業経営に及ぼす影響について考察してみます。
(※以下、正規雇用労働者を「正規」、非正規雇用労働者を「非正規」と表現します)
同一労働同一賃金の法整備化が進んだ背景には、次のような事実があります。まず、「非正規」の人数は2018年5月時点で2,076万人にのぼり、雇用者全体の約3分の1を占めています(総務省統計局調査)。つまり、企業などの組織で働く人の3人に1人は「非正規」です。(詳細は、巻末の参考をご参照ください)
その一方で、日本では「非正規」の時間単位の労働対価が「正規」の6割程度と、かなり低く抑えられているというデータがあります。(内閣府 平成29年度 年次経済財政報告)
「非正規」は、もともと「正規」の労働力に対する補完的労働力という位置付けでしたが、もはや、補完的労働力という規模ではなくなっています。更に、日本の生産年齢人口(15-64歳の人口)は今後減少の一途を辿ることは明らかです。日本において労働力を確保していこうとするならば、フルタイムでは働くことが難しい人(主婦/主夫など)や、定年再雇用人材にも、活躍してもらえるようにしていかなければなりません。働き手として、「非正規」の重要性は今後も増していくでしょう。
同一労働同一賃金は、間違いなく「非正規」の労働コストの増加に繋がるでしょう。しかしながら、同一労働同一賃金という理念は、(程度の問題はあるとしても)抗いようがない正義です。
日本で労働力を確保していこうとするならば、「非正規」をいかに有効活用していくべきか(そもそも「非正規」を企業の労働力としてどのように捉えるべきなのか)、真剣に考えていかなければなりません。
「非正規」は、どんな人たちか
「正規」と「非正規」については、同一労働同一賃金ガイドライン(案)(以下、ガイドライン)の定義に沿って議論を進めます。それぞれ、「正規」は「無期雇用フルタイム労働者」、「非正規」は「有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者」とされています。(育児や介護を理由に一時的に時短勤務を行っている正社員は「正規」として取り扱うこととします)
一口に「非正規」といっても、置かれている環境やキャリア観は様々です。(【図1】男女別・年齢別非正規雇用労働者数)
総務省統計局の労働力調査によると、「非正規」のうち、男性は647万人で、その半数以上が55歳以上(65歳以上26.3%、55-64歳23.0%)です。これは改正高年齢者雇用安定法のもとで雇用機会を得て働いている人たちであると考えられます。
一方、女性は1,389万人で、「非正規」全体の7割を占めています。ボリュームゾーンは35-44歳22.0%と45-54歳25.5%です。今までM字カーブとして就労人口が落ち込んでいた世代ですが、非正規として労働市場に参画している様子がデータからうかがえます。
「非正規」を、働く目的やキャリア観(非正規を選択している理由)の観点から整理すると、5つのタイプに分類することができます。(【図2】非正規雇用労働者タイプ分類)
タイプ別に、仕事を探すにあたって重視する項目を比較してみましょう。
「生活費確保型」は、生活費を確保するため、有期のフルタイムなどで働くケースが想定されます。時間的制約などから「非正規」を選択していますが、環境と機会が整えば、「正規」への転換を希望すると考えられます。
「専門性追求型」は「生活費確保型」と似通っていますが、専門性を武器に、条件のよい仕事に転職しやすいという点で、違いがあると言えます。専門性に合致する職務を希望することも特徴の一つです。
「WLB(ワークライフバランス)重視型」は、家族との時間やプライベートの時間の確保を最優先します。仕事を「収入を得るための手段」ととらえ、業務負担や責任がなるべく小さい仕事を選択する傾向が強いとみられます。
「やりがい重視型」は、収入よりも自分のやりたい仕事ができるかどうかを重視します。定年退職を機に、今までできなかった仕事や自分のやりたかった仕事、社会貢献などに取り組むケースが想定されます。(同じ定年退職後の就労であっても、働くことそのものに目的がある点で、下で説明する「補助収入型」とは異なっています)「WLB(ワークライフバランス)重視型」も「やりがい重視型」も、ほどほどの収入があれば生活できる環境にあり、家族との同居、共働き、すでに定年退職し年金や貯蓄がある状態などが考えられます。
「補助収入型」は、すでにあるメインの収入(配偶者の収入、家族の補助、年金など)に加えて、追加収入を得るために働くタイプで、学費、小遣いを稼ぎたい学生や、家計を補助するために働く主婦/主夫、年金の補助として収入を得たい定年再雇用者などが当てはまると考えられます。時間的制約が大きいことや、自宅から近い勤務地を希望するなど、「今ある環境、制約の中で、働ける場があれば就労する」という思考性があるのではないでしょうか。
このように、同じ「非正規」であっても、仕事に対する姿勢は様々で、重視する項目もバラバラであることがわかります。個々人の働く目的、置かれた環境といった特徴を押さえ、活用していくことが不可欠です。
人事のプラットフォームから再点検が必要
同一労働同一賃金に対応していくには、まず、「均等待遇」と「均衡待遇」という考え方がある、ということを押さえておく必要があります。
「均等待遇」とは、全ての従業員の待遇が結果として同等になるようにすることです。ガイドラインでは、休暇や手当の一部については「均等待遇」にすることが求められています。
一方で、「均衡待遇」とは、労働時間、職務内容、就労環境、制約等に応じて、待遇に「合理的に説明し得る」差をつけることです。実は、ガイドラインで求められていることの多くは「均衡待遇」です。
現在の「正規」と「非正規」の待遇が(法的に)同一労働同一賃金と言えるか否かの判断基準は、ガイドラインと司法判断(判例)を参照することになります。ガイドラインでは、賃金・手当・福利厚生等の差が容認される(問題とならない)ケースを複数挙げ、説明根拠を例示しています。
これは労働に対する価値そのものを規定するものではありません。「同一労働同一賃金」という名前の印象から受けるイメージと、ガイドラインの要求は若干異なっていることに注意が必要です。労働の価値や手当そのものについては、企業の判断余地をこれまで通り残し、「正規」と「非正規」の間にある差について、職務経験や能力、業績・成果などの違いを根拠に明確に説明できる状態にすることが求められています。
2018年6月1日には、「正規」と「非正規」の手当の格差が妥当であるか争われたハマキョウレックス事件において、最高裁の判断が示されました。この判決で、通勤手当、無事故手当、給食手当、作業手当、皆勤手当については、「非正規」である契約社員に対しても支払いを行うよう判断が示されました。一方で、住居手当については、契約社員は就業場所の変更が予定されていないため、不合理には当たらないとされました。つまり、正社員と契約社員に差をつける合理的な根拠を説明できない5つの手当については「均等待遇」にすべきであるが、正社員と契約社員の差を正当に説明できる住居手当については「均衡待遇」でよい、とされたわけです。
この判決を受けてまず見直すべきは、「正規」と「非正規」の待遇差に合理的な説明が可能か(説明可能な「均衡待遇」になっているか)、ということです。ただし、その際個々の待遇差の根拠となる考え方が全体として矛盾していないか、ということに留意する必要があります。
例えば、「正規」と「非正規」の基本給水準の格差を、転勤や職務転換の有無によって説明しようとするならば、「正規」の中に「地域限定社員」や「職務限定社員」がいる場合、その社員との比較において格差の合理性を説明することは難しくなります。手当や福利厚生などの待遇毎に、格差の説明を個別に考えるだけでは不十分なのです。
つまり、「正規」と「非正規」の位置づけを総合的に考えていく必要があります。そして、これを考えようとすると、多くの企業では、「正規」にもいろいろな人が存在する(例えば、勤務地限定や職務限定の働き方をしている人)ことが明らかになっていきます。「正規」と「非正規」という2項対立ではなく、雇用形態に関わらず、働き方や期待役割の分類を整理し、その分類と待遇の違いが合理的に説明可能な状態になっているかを検証していくことが求められます。
その結果として、「正規」という括りの中に入っているというだけで高待遇を得ている人材については、待遇の見直しも必要になってくるでしょう。前段で、「非正規」にも多様な人材がいることを整理しましたが、「正規」にもキャリア観や能力が多様な人材が混在しています。「正規」と「非正規」という括りではなく、キャリア観や働き方、そして能力の違いに応じた合理的な待遇を実現できるように、人事制度のプラットフォームから再構築をしていくことが求められるでしょう。
「非正規」の労働市場も変化する
同一労働同一賃金で求められていることは、あくまでも「企業の中で、雇用契約が異なる人の間での「均等待遇」または「均衡待遇」」です。企業の枠を超えて、同一労働同一賃金が求められている(同じ仕事ならば、どの企業でも同じ待遇にしなければならない)という訳ではありません。
ただし、「非正規」の人材は、雇用期間に定めがあることや、生活環境に合わせた職場選択を行っていることから、「正規」に比べて流動性が高く、企業間の待遇の違いには敏感です。そして、「非正規」の待遇(賃金・手当・福利厚生・就労環境など)は、元従業員などを通じて社外で共有されやすいことにも留意すべきです。働く企業を選択する際、限られた情報の中で比較し決定しなければならないため、元従業員などが提供する待遇に関する情報は貴重な情報源であり、企業の発するメッセージとして受け止められます。
今までの「非正規」の待遇は、賃金水準(多くの場合は時給)が市場価値に合わせて設定されています。福利厚生は最低限であることが多く、結果として「非正規」の待遇に企業間で大きく差が出るものではありませんでした。
しかし、同一労働同一賃金への対応によって、企業間で差のある「正規」の水準をもとに、(各企業内の比較において)「正規」と「非正規」の「均等待遇」「均衡待遇」が図られるため、「非正規」の待遇の企業間格差は広がっていくことが想定されます。(【図3】同一労働同一賃金への対応後起こりうる懸念点)
図3を例にとると、「正規」の待遇が世間水準を上回るA社では、「非正規」の待遇も世間水準を上回る可能性が高くなります。他企業に比べて好待遇となるため、人材獲得には好影響ですが、好待遇のために継続して勤務し、無期転換を希望する「非正規」が増えることが予想されます。(無期転換とは、有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えるとき、労働者の申込により無期雇用契約に転換するというルールです)
A社では、他企業に比べて高水準となる「非正規」の生産性を高く保つことに加え、「非正規」の無期雇用化にどのように対応していくべきか、検討が必要になってきます。
「非正規」の待遇が世間水準を下回るC社では、「非正規」の待遇見直しの必要性は低いと思われます。ところが、「非正規」の待遇改善を進める(A社のような)他企業との比較において不利になるため、「非正規」の人材確保が難しくなることが懸念されます。
低コストでの「非正規」人材の確保が難しくなれば、その分「正規」にかかる負担が増加していくことでしょう。しかし、「正規」においても長時間労働の抑制などの働き方改革が進んでいくため限界はあります。やはり、待遇水準の向上に向き合わざるを得なくなるでしょう。
C社では、低い人件費水準によって成立しているビジネスモデル自体の見直しも視野に入れなければ、事業の継続が難しくなっていく可能性があります。
まとめ
同一労働同一賃金の問題は、「非正規」の待遇改善という単純な問題ではなく、「正規」と「非正規」という括り(「正規」の枠に入れない人を「非正規」とするという考え方)の見直しを迫るものであると考えられます。企業の人材マネジメントには、「正規」と「非正規」という単純な2分類ではなく、キャリア観や働き方の制約、そして能力差などの多様性に対応したプラットフォームが必要になります。
その上で、部分最適ではなく、長期的視点に立った人材の確保、無期転換ルールなど今後発生する課題を見据えた対応を行うことが、同一労働同一賃金への対応の要と言えるのではないでしょうか。
参考:日本の労働市場の今
少子化、高齢化が叫ばれて久しく、生産年齢人口(15歳から64歳の人口)は毎年確実に減少しています。一方、労働力人口(就業者数+働く意欲・能力のある非就業者数)は微増傾向がみられます。これは、65歳を超えても働く人が増えていること、今まで就労していなかった人が様々な形で働いていることが一因であると考えられます。2018年5月時点の雇用者(事業主に雇用されている従業員、自営業、経営者(役員等)は除く)は、5,931万人です。(【図4】人口推移)
雇用者のうち非正規は2,079万人で、全体の1/3以上を占める重要な存在となっています。図5を見ると、非正規が雇用者数に占める割合が半数を超えている業界がいくつも見受けられます。非正規割合の高い業界(卸売業・小売業、宿泊・飲食サービス業など)は、顧客に対して直接サービスを提供する仕事が多いことが特徴です。これらの仕事は、今後機械化やAI導入が進んでも、それによる効率性・投資効果が低く、人の労働に対する高い需要が継続すると考えられます。(【図5】主な産業・雇用形態別雇用者数)
非正規割合の高い業界では、外国人労働者が労働力として、支えている現状もあります。現在日本で働く外国人は128万人で、年々増加傾向にあります。そのうち、技能実習と資格外活動(留学)でビザの発給を受けている外国人は合わせて52万人程度です。彼らは就労できる時間に制限があるため、非正規として就労していると考えられます。他の就労ビザの発給を受けている外国人も非正規として働いていると考えると、52万人を上回る外国人が非正規としてこれらの業界を支えていると言えます。(厚生労働省「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(平成29年10月末現在))