2018年4月より「人事の新潮流」というテーマで弊社コンサルタントたちが問題意識を抱いている人事関連のテーマ・トピックについてリレー方式で連載を行ってきた。
- 第1回:テクノロジーの進化が促すHR領域の変化(前編)
- 第2回:テクノロジーの進化が促すHR領域の変化(後編)
- 第3回:リモートワークの副作用を打破する「組織的仕掛け」とは
- 第4回:IT人材の変化とマネジメントのあり方
- 第5回:「社内にいない」「外部にも少ない」専門人材をどう育むのか?
- 第6回:ノーレイティングが目指すもの―人事評価を変える3つの切り口
- 第7回:「同一労働同一賃金」が迫るのは人事プラットフォームの変革
- 第8回:「多様性」が増大し続ける組織で、マネジャーはメンバーとどう向き合うべきか?
- 第9回:テクノロジーに代替されない、「真にヒトらしい」人事機能とは
- 第10回:新卒外国人雇用を考える ―その活用可能性と今後の人事マネジメントのあり方
- 第11回:60歳越のシニア人材の特性を生かした人材マネジメントとは
- 第12回:働き方改革と生産性向上は両立するか~効率化で浮いた時間を組織力アップに投資せよ
- 第13回:女性活躍推進の真の目的に立ち返り、今一度点検を【前編】
- 第14回:女性活躍推進の真の目的に立ち返り、今一度点検を【後編】
- 第15回:2025年問題の先にある企業と社員の新しい関係性とは
全15回のコラムで取り上げたテーマ・トピックは、
- 「HRテック」
- 「働き方改革」
- 「外国人・シニア・女性」
- 「生産性の向上」
など、いずれもここ数年、日本企業の人事関連領域で注目を集めているテーマ・トピックである。一方、これらのテーマ・トピックは現時点でまだ明確な方向性や具体的なソリューションが確立されている分野ではなく、企業の人事領域においてようやく導入がスタートし始め、いまだ試行錯誤が続いている分野でもある。「人事の新潮流」というテーマで書き始めた我々のコラムだが、これから先企業内で実例が蓄積されていく分野でもあり、その本質や核心に我々もまだ十分に迫れていない部分があるかもしれないが、本連載のコラムが読者の方々の問題意識を喚起する一助となれば幸いだ。
「人事の新潮流」の最終回となる今回は、連載の編集後記として、2020年以降の企業や働く人たちを取り巻く状況を、「企業側の視点」と「従業員側の視点」で言及したい。
■企業側の視点
現代は「VUCA時代」だと言われる。私たちが生きている時代を特徴づける4つのキーワード、すなわち
- Volatility(変動性)
- Uncertainty(不確実性)
- Complexity(複雑性)
- Ambiguity(曖昧性)
の頭文字を合わせた造語であり、我々の社会・経済を取り巻く環境が、先行き不透明かつ不確実であることを示している。特にIT技術の発達により、世界中が密接につながり、リーマンショック、英国のEU離脱(BREXIT)、ドイツやアメリカの難民問題、米中貿易戦争など、特定の国や地域で起きた出来事がすぐさま世界中に広がり、わずか1国で起きた出来事や現象が他国の社会・経済情勢にさえ瞬時に大きな影響を与える時代となった。
日本企業の経営や雇用も世界の動向と無縁ではいられない。企業としては、「先行き不透明な環境を前提としたマネジメント」「想定外の状況を可能な限り想定した上でその変化に適応するためのマネジメント」を行わざるを得ない。
その1つの代表的な形態がIT業界で先行して進められている「アジャイル開発」だ。
「プロトタイプ」を活用しながら改良を加えていくIT業界の開発手法を指す言葉であり、従来の要件定義を行ってから開発工程に入る「ウォーターフォール開発」とは全く異なる開発手法である。様々な専門性を持つ人材がチームとして協力し合いながら継続的にプロダクトの改善を図ることを目的に、常に試行錯誤が繰り返され、カスタマーのフィードバックを反映しながら品質を高めていく。
このような仕事の進め方はIT業界に限らない。米国の製造業のトップ企業、GEも「ファーストワーク」という概念を自社のビジネスの手法に取り入れ、イノベーションを生み出す組織づくりに取り組んでいる。従来、GEは自社製品の不具合を極限まで減らす「シックスシグマ」という考え方を全社で導入・活用し、徹底して品質にこだわる経営を行ってきた巨大製造業の1つだ。しかし、今や「時間をかけて最高のプロダクトを作る」という発想では市場の変化やカスタマーの要望に適切に応えることができなくなり、「ファーストワーク」という考え方を導入することで「先行き不透明な環境を前提としたマネジメント」を実践している。
GEではこのような組織や仕事の進め方の見直しに合わせ、従業員の評価制度の見直しにも着手した。GEが導入し、他の先進的な米国企業が模倣してきた人事評価「9ブロック」を廃止し、「ファーストワーク」を支える人事評価制度として、新たに「パフォーマンス・デベロップメント(PD)」という仕組みを導入、これにより上司側には従業員のパフォーマンスレベルを定める年1回の人事評価以上に、日々の仕事振りをタイムリーに振り返り、パフォーマンスを高めることを支援する役割が強く求められるようになった。
(GEジャパンの人事担当責任者に数年前にインタビューした内容に基づく)
他にも、米国のソフトウェア大手で全米の「働きやすい企業」のトップテンに常にランクインするAdobeでも、「チェックイン」という仕組みのもとで、上司が従業員の仕事ぶりを短期間のサイクルで確認し合う仕組みが導入されている。
GEの「スマートワーク」「パフォーマンス・デベロップメント」、Adobeの「チェックイン」など、いずれも不確実性の高い環境変化の中で、企業側のマネジメントの在り方や人事評価の在り方が「即時的」「柔軟的」な形に変容しており、より一層「個別性」を持ちはじめていると言える。当然、企業側のマネジメントコストは高まるが、それでもこの流れを止めることはできない。
また、最近はイノベーションを創出するための「組織」というテーマで、これからの組織の在り方にも関心が向けられている。「官僚組織化を防ぎ環境変化に迅速に対応できる組織」という観点から、固定的な組織構造を廃した「ホラクラシー組織」や「ティール組織」といった組織の形態が取り上げられ、イノベーティブな組織をどのように構築していくか?というテーマも注目されている。
VUCAの時代には、これまでのように時間をかけ慎重に検討を重ねるのではなく、アイデアがあれば実行し、成功の見込みが少なければ朝令暮改で撤退する。そのためには外部環境に対して柔軟かつ即時に決断できる組織にし、変化を楽しみ、新しい挑戦に取り組んでいく。予期せぬ状況を当然のごとく捉え、環境変化を取り込みながら、「できる限り先を見通す」努力を続けられる組織と人事マネジメントが今の時代には求められる。
■働き手の視点
一方で、今後の環境変化の中で働く人たちはどのようになっていくのだろうか?
これまでの本コラムの掲載でも、様々な視点から「働く人たち」に影響を与える環境変化が言及されてきた。すなわち、
- 「(外国人移民も含めた)人材の多様化」
- 「働き方の多様化(物理的な場所を超えた人材の協働や副業・兼業)」
- 「残業時間の抑制と生産性の向上」
- 「高度専門プロフェッショナル人材の活用と人材の流動化促進」
- 「HRテックの浸透」(ITを駆使した組織情報の収集能力の向上)
- 「少子高齢化における新卒採用の競争激化と新卒一括採用の変化」
- 「組織の高齢化(ポスト不足への対応、シニアの活用、人件費コントロール)」
といった変化である。
総じて言えば、従来の「企業と個人の長期雇用を前提とした安定的な契約関係(いわゆるメンバーシップ型の関係)」が崩れ、「組織内での働き方」が「多様化」「個別化」していく動きが加速している。
そのような環境の中で、働く人たちには、より一層「自己選択」や「組織からの自立」が求められていく。働き手側が「会社は自分たちに今後どのようなキャリアを提供してくれるのか?」という期待を抱くこと自体がもはや難しい状況になりつつある。
組織論の中で語られる見解の1つに、「企業は外部環境の変化に適用するために、組織内を外部環境と同程度に多様化・柔軟化させておくことが必要」という理論があるが、働く個人も同様に、企業や組織との関係の中で、「自らの職業能力の多様性・柔軟性」を高めておく他ない。
安倍政権のもとで「人生100年時代構想会議」が発足し、「人づくり革命基本構想」が掲げられ、国を挙げて人材に対して投資を行っていくことを掲げているが、働き手自身が、「今よりも長いスパンで自らのキャリアを考える」「いつになっても自らの職業能力を高め続けることに意欲を持ち、学び直しやキャリアチェンジに積極的に取り組む」ことが益々重要となる。また、「企業内特殊スキル」への偏重を抜け出し、働き手自身が自らの「職業能力」や「スキル」を意識して高めていくことが欠かせない。
日本政府は今後「仕事の内容、求められる知識・能力・技術、資格情報、平均年収等の職業情報を総合的に提供するサイトを創設する」ことを掲げているが、企業横断で職業能力の見える化が進み、職務に必要となる能力やスキルが客観的な情報として世の中に提供され、働き手自身が自らの能力・スキルの質的な向上を図っていく。それにより、高い成長性が見込まれる産業分野や雇用吸収力の高い分野に人材の流動化が進んでいく、そういった社会になることが望まれる。
■終わりに
今、日本経済は戦後最長の好景気にある。一方で、世界経済は減速傾向の兆しも見せており、オリンピック後の日本経済がどうなるか先は見えない。その中で、日本企業が取り組むべきは「人への投資」であることに変わりはない。
ただ、我々の実感として今多くの日本企業が取り組んでいる人事施策は、「働き手におもねった甘い施策」が多いように思われる。従業員満足度調査や360度評価の導入がその典型だ。もちろんこれらの施策も重要だが、次の景気減速期に「企業と働き手の関係」が「甘い施策」の反動でもろくも崩れないことを願いたい。そのためには、働き手自身も「変化への備え」「自らのレベルアップ」を怠ってはいけない。
VUCA時代の中で、「企業と働き手」の健全かつ進化した関係が構築されていくことを切に望みたい。