2022年以降、賃上げ促進税制の後押しもあり、長らく低迷していた賃上げ率は上昇傾向にあります。
2023年は30年ぶりの高水準と言われる4%近い賃上げが実施(*1)され、2024年は33年ぶり5%超と言われる大幅な賃上げとなった(*2)ことが話題に上がりました。2025年もこれに続く賃上げが実現できるかに注目が集まっています。
一方で、昨年3月に公表された賃金構造基本統計調査の企業規模別賃金の対前年増減率を見ると、中小企業の2023年の月例賃金は2022年に比べて約3%増加しているのに対し、大企業は前述の賃上げの報道に反して-0.7%と若干のマイナスになるというやや意外な結果が生じていました。特に30代後半~50代前半の中堅層の賃金が軒並みマイナスになっていること(*3)も報じられていたため、前回のコラム(*4)ではその背景要因を探っています。
本コラムでは、昨年12月に公表された賃金統計の速報値(*5)を参照して24年の賃上げがどの程度数値に現れているか等、前回のコラムと同様の方法で簡易分析を実施し、今後も持続的な賃上げを実施していく場合の留意点について考察したいと思います。
簡易分析の切り口
今回簡易分析に使用する速報値は、毎年厚生労働省が実施している主要産業に雇用される労働者の賃金の実態を明らかにする統計調査の一次集計結果で、分析軸も少なく、数値についても例年3月頃に公表される二次調査結果とは若干の差異が生じる可能性がありますが、大まかな傾向をつかむことが主眼ですのでその点はご了承下さい。
それでは、ここから前回のコラムで実施した分析データも一部参照しながら、以降3つのステップで、調査データの確認結果を見ていきたいと思います。
- (1)
2023年に対前年比でマイナスだった大企業の年齢階級別賃金の2024年の状況は?
- (2)
5年前となる2019年と2024年とでは、年齢階級別賃金はどう推移しているのか?
- (3)
労働者の立場に立つと、5年間で賃金はどの程度増えているのか?
(1)2023年に対前年比でマイナスだった大企業の年齢階級別賃金の2024年の状況は?
2023年の数値と2024年の速報値を年齢階級別に比較したのが図1となります。
図の通り、今回は全体で5.1%の増加、前回前年比-2.1%となっていた30代後半は、2023年に比べてすべての年齢の中で最も増加率が高く、前年比8%増という結果となっています。
前回大きなマイナスとなっている一つの要因は非正規人材の増加にありそうでしたが、今回増加に転じている背景には、非正規から正社員への登用を進める等、この層に対する人的投資を強化した可能性がありそうです。
【図1 大企業一般労働者の年齢階級別 所定内給与額の増減】
しかし、単年度での比較の場合、何等かのイレギュラーな要因が絡んでいる可能性もあるため、コロナ禍が始まる直前の2019年の数値との比較を行い、傾向をつかんでみたいと思います。
(2)5年前となる2019年と2024年とでは、年齢階級別賃金はどう推移しているのか?
5年前となる2019年の年齢別賃金に比べて、2024年の賃金が年齢階級ごとにどう増減したかをまとめたのが図2となります。
これを見ると、先ほどの30代後半も上昇していますが、最も上昇しているのが60代前半、次いで10代後半となっています。
60代前半の賃金水準が上昇している一つの理由は、人材不足や高年齢者の雇用確保についての社会的要請に伴い、65歳に定年を延長する企業が増える(*6)など、各社で60歳以上の人材活用を進める動きが活発化していることにありそうです。
10代後半については、若年層の人材確保が困難になっている状況に加え、ここ数年就職希望者数が急減し、求人倍率が倍増している(*7)ことが、賃金水準を押し上げている大きな要因になっているようです。
【図2 大企業一般労働者の年齢階級別 所定内給与額の増減(5年前との比較)】
上記の通り、図2では年齢階級別の賃金水準が5年前と比べてどう変化したかを見ましたが、次にもう一つ別の見方をしてみましょう。すなわち、年齢区分が5歳刻みになっていることに着目し、例えば19年時点で20代前半だった方は、5年後には区分が一つ右にずれ、20代後半になっているはず、と考え、5年前の19年と、そこから5年後の24年の賃金を比較し、労働者の立場で5年の間にどの程度賃金が増えているのか、を年齢階級別にみてみたいと思います。
(3)労働者の立場に立つと、5年間で賃金はどの程度増えているのか?
例えば20代前半であれば、20代前半の24年の賃金と、5年前の区分に該当する10代後半の19年の賃金の増減を棒グラフ化したのが図3となります。
これを見ると、年齢が上がるにつれ給与が上がりにくい状況がきれいに表れており、10代後半は5年間で34%も増加しているのに対し、50代前半は5年間でわずか4.5%しか上昇していないことが伺えます。
こうした若年層の大幅な給与増加は、一つは物価上昇や人材獲得競争の激化を背景とする新卒初任給の急激な上昇要因(*8)のようです。また中堅層も比較的大きく昇給していますが、これは転職によって給与増を実現するケースが増加している(*9)ことが数値に現れている可能性もありそうです。
逆に50代前半の給与の伸びが小さい理由は、60代前半の賃金水準の上昇と関係していそうです。ほんの数年前まで、大企業では60歳定年を過ぎると、60歳時点の給与の半分でしか再雇用してもらえない、という厳しい現実(*10)がありました。しかし図3を見る限り、50代後半時点の給与から2割程度しか減少していないことが伺えます。これには2つの要因があり、一つは多くの大企業で60歳以上のシニアに今までよりも高い条件での再雇用を実施するようになったこと、そしてもう一つは、かつての年功賃金が是正され、年齢とともに青天井で昇給する仕組みが見直され、場合によっては定年延長の導入に伴い緩やかに下がる仕組みが導入されていることが影響していると思われます。
【図3 大企業一般労働者の5年間の所定内給与額の推移】
今後も持続的な賃上げを実施していく場合の留意点について考察
ここまでの結果を踏まえて、今後の賃金カーブがどのように変遷していくかを考察してみます。
既に様々なところで言われていることではありますが、今後生じる変化は大きく3点ありそうです。(図4参照)
変化1.物価上昇を大きく上回る新卒初任給の上昇
年明けから「初任給30万円台時代」というワードが飛び交うなど、新卒初任給の大きな引き上げが話題に上がっているが、この流れは当面続くと思われる。但し、無限定かつ全国転勤可の場合は大きく処遇する等、物価上昇への対応を超えた金額を設定する場合は、一定の条件の充足を求めるケースも増えると想定される。
変化2.60歳を頂点とした緩やかな賃上げと賃金カーブのフラット化
今後さらに年功的な処遇の考え方は薄れ、報酬水準の違いは、組織上の役割の違いや採用マーケットに紐づく職種等による違いに収斂していき、年齢軸で見た場合はよりフラットな賃金カーブに近づいていくと想定される。
変化3.企業が重視する年齢以外の要素での大きな処遇格差
一定年齢を過ぎると大半の社員が管理職身分になるような会社はいまだに大企業に一定数存在するものの、今後はこのような同じ世代であまり差をつけないようなやり方は少数派となり、付加価値や生産性向上等、会社に対する貢献の違いによって大きく処遇にも差が生じるようなマネジメントスタイルに変わっていくと想定される。
【図4 今後大企業の給与カーブに生じる変化(想定)】
こうした変化を受けて、今後の賃上げを考える際のポイントを3つ挙げたいと思います。
- 業績向上・付加価値の増加を踏まえた総人件費の設定
当たり前の話であるが、会社のもうけが無ければ賃金は払えないし、会社が成長していなければ賃上げを実施することはできない。逆に言えば、会社の業績・付加価値目標を適切に設定できれば、投資可能な総人件費を明確化でき、人員計画と合わせて一人当たり人件費・賃金をどう上げていくかを検討することが可能になる。 - 物価上昇に伴い引き上げるべき一定の報酬水準の見極め
これも基本的な話であるが、賃金には社会保障、生活保障としての役割もあるため、生活の基盤を損なうような賃金設定にはそもそもできない。逆に言えば、一定レベルでの生活を可能にする報酬水準を維持することは企業の社会的使命の一つであり、1の計画の一部に織り込むべき内容となる。ただし、これはすべての年代を一律賃上げするというものではなく、最低賃金や生活保護同様、年齢等に関係なく設定する内容となる。 - 企業の戦略に合致するコア人材への優先的な人件費配分
上記1、2で企業が支払える総額としての人件費が決まると、それを個々人にどう分配するか、という問題が最後に残る。年功的な処遇制度が機能不全を起こしている現状では、人事戦略として何を基軸に報酬を払うかを各企業の経営方針や事業戦略に則り明確化する必要がある。例えばシンプルに業績数値への直接的な貢献・影響度合いに応じて配分する方法や、経営上必須の役割を明確に定義し、担う役割と貢献度合いに応じて配分する方法などである。
今回のコラムでは、厚労省の賃金構造基本統計調査速報値を参照し、既に起きている変化と今後予想される変化と対応方法について考察してみました。
結論として、既に初任給の引き上げや年齢別報酬カーブのフラット化等が生じつつあることがわかりました。
物価上昇を超える賃上げを実現し、実質賃金のプラスが日本全体として定着することは、国としても個人としても期待するところでしょう。しかし、企業の存続を危うくするような一律かつ安易な賃上げを実施すれば、結局はどこかでほころびが出てくるものと思料します。
前述の3つのポイントはいずれも容易ではありませんが、経営と人事が一体となり、会社にとっても従業員にとっても望ましい処遇配分のあり方を、腰を据えて考えてみてはいかがでしょうか。
参考
- 賃上げ30年ぶり高水準 歴史的物価高、企業に対応迫る転換2023.日本経済新聞.2024-12-29,日本経済新聞電子版,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2782H0X21C23A1000000/ ,(2025-01-25)
- 24年賃上げ平均5.1% 連合最終まとめ、33年ぶり5%超.日本経済新聞.2024-07-03,日本経済新聞電子版,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA038K80T00C24A7000000/ ,(2025-01-25)
- 変わる働き方、賃金配分に変化 大企業の中堅社員が減少.日本経済新聞.2024-03-27,日本経済新聞電子版,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA271L30X20C24A3000000/ ,(2025-01-25)
- クレイア・コンサルティング株式会社.賃上げが進む中、大企業の中堅社員の賃金が減少しているのはなぜか.2024-06-18,https://www.creia.jp/knowledge/column/hrtrend-2023/25252/ ,(2025-01-25)
- 厚生労働省.令和6年賃金構造基本統計調査 速報,https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/sokuhou.html ,(2025-01-25)
- 独立行政法人労働政策研究・研修機構.70歳以上まで働ける企業の割合はほぼ4割で、この6年間で15ポイント以上の上昇――厚生労働省「高年齢者雇用状況等報告」からみる65歳以降の雇用状況の推移,https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2023/03/koureisha_01.html ,(2025-01-25)
- 厚生労働省.令和6年度「高校・中学新卒者のハローワーク求人に係る求人・求職状況」取りまとめ(7月末現在),https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jakunen/2024CK_job_opening_to_applicants_ratio_202304_00002.html ,(2025-01-25)
- 初任給30万円時代へ 3年で9%上昇、売り手市場が後押し.日本経済新聞.2025-01-18,日本経済新聞電子版,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC101FK0Q5A110C2000000/ ,(2025-01-25)
- ミドル世代に賃上げ広がる 経験や知識で新興の中核に.日本経済新聞.2024-10-11,日本経済新聞電子版,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA17BL50X10C24A9000000/ ,(2025-01-25)
- 給料4~6割減が過半、定年後再雇用の厳しい現実.日本経済新聞.2021-02-25,日本経済新聞電子版,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFK222QX0S1A220C2000000/ ,(2025-01-25)