前回の連載では、ここ数年の「グローバル人材」のブームを、海外市場での優位性の低下に直面する企業において「顧客ニーズを把握し、新たな付加価値を生み出す事業を構想できる人材」への需要が急激に高まった結果として整理した。そして、このような人材が不足するのは(需要が高まっているのは)海外特有の問題ではなく、日本国内においても同様であることを確認した。要するに、海外であろうと国内であろうと「新たな付加価値を生み出すことができるイノベーターがいない」「イノベーターが欲しい」ということなのである。今回は、グローバル人材をイノベーターとしての視点から、もう少し詳しく見ていきたい。
P.F.ドラッカーは「イノベーションと企業家精神」の中で「イノベーションの機会」として、信頼性・確実性が高いものから順に「(1)予期せぬことの生起」「(2)ギャップの存在」「(3)ニーズの存在」「(4)産業構造の変化」「(5)人口構造の変化」「(6)認識の変化」「(7)新しい知識の出現」の7項目を挙げている。今回は、イノベーターとしてのグローバル人材を考察するにあたって、この枠組みを使って整理して見たい。
まず、ドラッカーの言うことを簡単に要約すると、(やや意訳となるが)次のようになる。
- (1)
予期せぬ失敗をイノベーションの機会としてとらえて資源投入を行うのが最も成功確率が高い。最優先すべきなのは既に顕在化している事実を観察することでる。
- (2)
次に、顕在化した「予期せぬ成功や失敗」が見つからないのであれば、業務プロセスや業績、認識、価値観において消費者と供給者あいだにギャップがないか探すべきである。的を絞った単純で小さなイノベーションを起こすことが成功の条件である。
- (3)
ギャップが見つからないようであれば、消費者のニーズを探し出しにいきなさい。ただし、成功には、何がニーズであるかが明確に理解されていること、必要な知識が現在の科学技術で手に入ること、問題の解決策がそれを使う者の方法や価値観に一致していることの三点が条件となる。
- (4)
それも難しければ、産業構造に変化がないかを探ると良い。構造変化が起こった場合、旧秩序の外にいた者は、さしたるリスクもなく急速に大きな勢力を得ることができる。
- (5)
それも難しければ人口構造の変化を探りなさい。人口構造の変化がもたらすものは予測が容易であり、変化が起こるまでのリードタイムも明らかである。
- (6)
また、認識の変化を疑ってみることも意味がある。もし、認識の変化をいち早く気づくことができれば、長期にわたって独占的に行動することができる。ただし、認識の変化は極めて具体的なものであり、認識の変化がいかなる結果をもたらすかを知ることはほとんど不可能である。
- (7)
そして、最後に、科学や技術以外の知識も含め、いくつかの異なる知識の結合によるイノベーションが位置付けられる。世に受け入れられるかどうかは未知である。不確実性が高く失敗する確率も高い。従って新しい知識を活用したイノベーションの優先順位は最も低い。
ところが、本書が記述された1985年から、その後の20年間で、前提が大きく変わってしまう。IT技術の発展による情報化社会の到来である。
1985年の時点においては、消費者や市場の情報を把握するだけでも大変な時間とコストを必要としていた。従って「ギャップの存在を埋める」といったあたり前のようなことも、理屈ではわかっても実践は難しく、実際に実践できるかどうかで、企業のイノベーションの頻度と成功確率は、決定づけられることになった。その為には、限られた経営資源を(1)~(7)のどこに優先的に配分するか(例えば、社員に「ニーズの存在の発掘」と「人口構造の変化の分析」のどちらを優先して取り組ませるのか?)が、重要な経営判断となる。だからこそ、ドラッカーは「イノベーションと企業家精神」の半分を割いて順位の説明をすることに意味を見出したのである。
しかし、IT技術の発展に伴い情報のスピードとコストが急激に向上した結果、(1)~(6)に関しては企業間で差がつかなくなってしまった。「(5)人口構造の変化」などはその点が顕著である。以前の企業が時間をかけて収集した情報と同レベルの内容は、インターネットで検索するだけでできてしまう。要するに(1)~(6)はイノベーションを決定づける要因ではなくなってしまったということである。
この変化が、日本経済及び日本企業の停滞へと繋がり、更に「イノベーション人材」および「グローバル人材」への需要と繋がっていくことになる。