「グローバル人材」がブームである。あらゆるビジネス書、雑誌、あるいはWEBコンテンツ上に「グローバル人材」という単語が氾濫しており、試しにグーグルで検索してみると、約 17,000,000 件もの結果が適合する。日本企業における喫緊の課題と推測する「イノベーション」の検索結果が、約 13,000,000 件であることと比較すると、際立った多さである。しかし、なぜ、いま「グローバル人材」なのだろうか。少なくとも(当たり前だが)、ここ数年の間に、海外市場を担当する人材の需要が増えていることは確かであるが、突然、発生したわけではない。戦後、多くの日本企業は海外に進出し、世界中に商品を売り続けてきた。生産拠点の海外移転においても数十年の歴史がある。現地法人に赴任する海外駐在員など珍しくも何ともない。それにも関わらず「グローバル人材」が注目されている。これまでの海外駐在員と「グローバル人材」は、一体、何が違うのだろうか。
従来の海外駐在員の役割は、本社が策定した計画に基づき、本社が開発した商品・サービスを現地市場に展開・浸透することにあった。単純化すれば、海外の営業担当者のミッションは「自社製品の魅力を現地に理解させること」であり、海外の生産担当者のミッションは「日本国内と同等の生産ラインを現地工場において実現すること」である。いずれも日本で生み出した付加価値また付加価値を生み出す仕組みを、海外に移転することをミッションとしている点で変わりはない。このやり方は、日本企業の商品が絶対的な品質とコスト競争力を持つ状況では大いに効果を発揮した。海外駐在員は自社の商品・サービスの価値を信じ、現地に展開・浸透することに全力を尽くしていれば、確実に成果に繋がったのである。
ところが、新興国の成長にともない「品質とコストの双方において絶対的な優位性」を維持できなくなってきたことで状況は変化する。それらに絶対的な優位性があれば、個々の商品の魅力に若干の難があったとしても、欠点を覆い隠すことができる。デザインはイマイチでも壊れないことのほうが重要だし、安いほうがよい。しかし、優位性が薄れた途端、市場ごとの特性を捉えない商品は、一気に中途半端なポジションに転落してしまう。実用上の耐久性に差がなく、値段も変わらないのであれば、自分達の求める形に近い商品を選ぶのは当然であろう。品質とコストの競争力を失い、市場特性も捉えきれない日本企業の多くは、海外市場において凋落を始めることになってしまった。
このような危機において「海外市場を熟知し、海外市場の顧客ニーズを踏まえて、自社が勝つ為にやるべきことを構想できる人材」の需要が急激に高まったのは当然であろう。そして、このような価値を発揮できる人材に付けられた名前が「グローバル人材」である。
さて、「グローバル人材」の輪郭が見えてきたことによって次の疑問が生じる。「グローバル人材」の不足は、海外展開に特有の問題なのだろうか。先ほど「グローバル人材」を「海外市場を熟知し、海外市場の顧客ニーズを踏まえた上で、自社が勝つ為にやるべきことを構想できる人材」と位置付けた。ここで「海外」を「国内」に置き換えると「国内市場を熟知し、国内市場の顧客ニーズを踏まえた上で、自社が勝つ為にやるべきことを構想できる人材」となる。果たして、このような人材は自社に何人いるのだろうか?
「市場のことを知らない(自分で情報を収集しない)」「顧客ニーズを掴めない(情報の分析ができない)」「やるべきことを構想できない(戦略を立てられない)」。我々がコンサルティングの現場で、経営者の方から常に聞かされる人材に対する悩みである。多くの日本企業においては、海外市場に対応できる人材がいないのではなく、そもそも戦略的に思考・行動ができる人材の絶対数が不足しているといったほうが正しい。
そうであるならば、「グローバル人材」を育成する為に、社員の語学力と異文化順応スキルを鍛えあげたところで、結局のところ、従来型の海外駐在員が増えるだけではないかという危惧が生じる。確かに、現在よりも現地の文化的背景に詳しくなり、「顧客が求めているもの」を正しく掴めるようになるかもしれない。その結果、本社に対して「○○という機能を付加して欲しい」「カラーバリエーションに○○を追加して欲しい」といった具体的かつ的確な要望を出すことができるようになるかもしれない。しかし、それだけでは競争に勝てない。例えば、現地市場の個別ニーズにきめ細かに対応する為に商品ラインナップを増やすのであれば、合わせて生産・在庫コストの増加を回避する為にバリューチェーン自体を最適な形に組み替えていくようなことも必要になるであろう。その為には、現地での人脈を駆使し、現地企業の力を最大限活用することが不可欠になる。場合によっては、現地に進出している他国企業とのアライアンスが必要になることもあると想定される。このような場面において価値を発揮できるかどうかというところに「グローバル人材」としての真価が問われることになる。
「グローバル人材」とは、決して高い語学力を持ち、異文化順応が高いだけの人材ではない。戦略的な思考・行動ができるという前提の上に、海外に適したコミュニケーションスタイルが取れる人材である。この点を確認した上で、次回からは、具体的にどのような能力・資質が必要とされ、どのように育成していくのかという議論に入っていきたい。