前回は、私立大学法人において、18歳人口の減少が事前に把握できていながらも人件費依存率が一貫して上昇し続けてきたことを取り上げ、人件費改革に取り掛かることの難しさを指摘しました。今回は、学校法人の人件費構造を踏まえながら、なぜ人件費改革が困難なのか、について考えてみます。
日本私立学校振興・共済事業団が平成20年に行った「学校法人の経営改善方策に関するアンケート調査」では、69.5%(回答190法人)の大学が「給与(手当を含む)・賞与の削減」を課題として挙げています(この項目が課題の第1位)。実に7割の大学が、経営改善のために給与・賞与の削減を考えています。一方で同調査は、給与や賞与の削減に取組んでいる大学が31~36%程度に止まっていることを示しています。つまり、大半の学校法人では、給与や賞与の削減が必要だということは分かっているが、なかなか改革に着手できない状態にあることがわかります。
そもそも、何故、給与や賞与の削減というような改革に踏み込む必要があるのでしょうか。その最大の理由は、帰属収入が増えない(あるいは減少している)にもかかわらず、ほとんどの学校法人において人事処遇制度が年功型になっており、給与や賞与が毎年確実に上昇し続けるという構造に耐えられなくなってきていることにあります。
少し前の調査になりますが、私学経営研究会が平成17年に行った「私学経営に関するアンケート調査」によると、専任教員の92%、専任職員の86%(ともに回答95法人)が年功型の賃金制度を採用しています。参考までに、同時期(平成16年)の厚生労働省「就業条件総合調査」によると、民間企業では53.2%の企業が成果主義賃金制度を導入しています。(従業員数1000人以上の大企業に限ってみると、83.4%の企業が成果主義賃金制度を導入)。民間企業では、今や年功型人事処遇制度を採用している企業を探すほうが難しいくらいですが、学校法人では、まだまだ年功型人事処遇制度が主流なのです。
これほどまでに民間企業と学校法人で人事処遇制度の改革度に違いが生じているのは、なぜでしょうか。もちろん、営利団体であるか否かという違いはあります。しかし、それ以上に、民間企業と学校法人における組織運営や意思決定のスタイルの違いが影響しているように思います。
民間企業の経営者であれば、厳しい経営環境を勝ち抜いていくために、年功型人事制度からの脱却や成果主義人事制度の導入を、トップダウンで決断することができます(成果主義人事制度の是非はさておき)。上場企業の経営者であれば、たとえ痛みを伴う改革であっても、それを決断できなければ株主から責任を追及されることになります。
一方で、大学の組織運営や意思決定では、学問の自由と大学の自治を背景として、理事や教職員による自主的な運営・管理が重んじられます。具体的には、理事会、教授会、教職員組合との協議等、様々な会議体での合意形成が非常に重要視されます。そうすると、学校法人の経営環境と財務状況を考えると人件費改革は必要だと考えるものの、具体的に誰かの給与や賞与を減らすとなると自分は積極的に賛成したくないという、典型的な「総論賛成、各論反対」の状態に陥りやすくなります。
理事や教職員による自主的な運営・管理は、学校法人の組織運営と意思決定の根幹です。このような組織運営と意思決定スタイルを維持しながら、給与・賞与の削減のような痛みを伴う改革を行っていくためには、「建設的かつ徹底的な議論を行うための精度の高い情報(データ)」が不可欠です。
わが学校法人は、何年後に人件費がいくら増える見込みなのか、人件費の増減要因はどこにあるのか、ある施策を打つことで人件費をどれだけ抑制できるのか、それは他の施策に比べて本当に効果的なのか。このような疑問は、人件費削減の影響を受ける可能性がある個々の教職員ならば、当然に考える事です。このような疑問に答えを出さず、大学の経営環境は厳しいと言われているから、他の学校法人もやっているから、といった曖昧な現状認識で議論を進めても、すぐに頓挫してします。
次回からは、具体的な人件費改革の施策について考えていきたいと思います。