前回は、人事評価制度に関する学校法人特有の課題を述べました。今回は、その課題について詳細に考察した上で、対策について考えてみます。
前回のコラムでは、評価の信頼性・公正性を欠いてしまう懸念があるために、なかなか人事評価を職員の処遇へ反映できないでいる現状を紹介しました。では、人事評価を処遇に反映することが一般的なことと考えられている民間企業では、人事評価の信頼性や公平性はどうなっているのでしょうか?
前回も紹介した「人事考課制度に関する実態調査」(労務行政研究所、平成22年)の「現場の評価者の評価能力は、ほとんどバラつきがなく、ほぼ適正な評価ができている」という質問では、最も多い回答は「どちらともいえない」(43.5%)であり、肯定的な回答(「当てはまる・やや当てはまる」の合計:20.3%)よりも否定的な回答(「あまり当てはまらない・当てはまらない」の合計:36.2%)の方が多くなっています。別の調査(「企業の人事戦略に関するアンケート」、労務行政研究所、2011年)でも、処遇面で最も重視していることが「人事評価の納得感向上」(34.7%)であり、今後実現・強化したいことについても「人事評価の納得感向上」(68.0%)が最上位の回答でした。どうすれば人事評価の納得感を高めることができるか、という課題認識は、民間企業も学校法人も同じであることがわかります。こうした課題を把握した上で、対策について考えてみます。
先の調査(「人事考課制度に関する実態調査」)では、民間企業が人事評価への"納得感"を高めるため、以下の施策(工夫)を実施していることがわかります。
- 職種や役職、部門、資格・等級に関係なく一律の考課票を設定している(6.7%)
(つまり、職種や役職、部門、資格・等級に応じた個別の考課票を設定している企業が93.3%と解釈できます) - 考課基準や実施要領を公開している(86.3%)
- 管理職は一般社員より業績評価のウエイトを高めている
(昇給に反映させる業績評価のウエイト平均→管理職:47.6%、一般社員:31.2%)
(賞与に反映させる業績評価のウエイト平均→管理職:68.7%、一般社員:54.1%) - 一次評価は絶対評価、原資配分につながる最終考課は相対評価で結果を決定している
(昇給に反映させる一次評価×絶対評価→管理職:74.3%、一般社員:73.7%)
(昇給に反映させる最終評価×絶対評価→管理職:36.2%、一般社員:32.7 %)
(賞与に反映させる一次評価×絶対評価→管理職:73.3%、一般社員:71.6%)
(賞与に反映させる最終評価×絶対評価→管理職:29.2%、一般社員:25.3 %) - 評価のフィードバックを行っている(82.7%)
- 考課者訓練を行っている(67.6%)
- 部門間の調整を行っている(83.2%)
この調査から、民間企業では様々な工夫と努力によって評価の信頼性や公正性を高めようとしていることが分かります。仕事や役割が異なる被評価者ごとの働きぶりを適切に評価するために(1)〜(3)は効果的ですし、(4)は絶対評価で人事評価の方向付け機能と人材育成機能を強化し、相対評価で査定機能を強化する役割を担っています。(5)は被評価者の意見を聞く機会を設け、評価者と被評価者の公平性を担保すると同時に、被評価者の反省と改善を促すためには不可欠です。(6)や(7)も、評価者間や部門間での評価視点を揃えるためには有効です。
ところで、これだけ様々な工夫と努力を行っても「適正な評価ができていない」企業が36.2%も存在するのならば、やはり適正な評価を行うことは極めて難しいと考えるべきなのでしょうか。
私たちの経験上からすると、「適正な評価ができていない」企業の多くは、ここまで徹底した工夫や努力を行っていない場合が多いと思います。特に、評価のフィードバックとは名ばかりで「一方的な通知」になっている、あるいは、評価者訓練は評価制度導入時に1度実施したのみ、といったケースがよくあります。
反対に、「適正な評価ができている」とする企業が20.3%も存在することに着目し、その企業から学ぶことを考えるべきでしょう。私たちの経験上、これらの企業は、人事評価制度導入後も、評価の納得感を向上させる工夫を絶えず行っています。例えば、評価結果の分析や評価者の意見に基づいて妥当性の低い評価基準は見直したり、甘い評価を行う傾向にある評価者には再度評価者訓練を受けさせたり、評価のフィードバックが確実に行われているか、被評価者にアンケート調査を行ったりしています。そして何より、このような取り組みを従業員に示し、「組織として、評価の納得感を重視し、高めようと努力する」というメッセージを継続的に発信することが、被評価者の評価制度に対する信頼を高める事に繋がっていると思います。
前回のコラムでも述べたように、人事評価については「運用しながら継続的に信頼性と公正性を高める」という考え方のもとで導入していくことが必要だと思います。
もちろん、評価の信頼性と公正性がまだ不十分な導入初期の段階では、人事評価の活用方法に工夫が必要です。導入に対する反発の主な原因は、処遇への悪影響を懸念することなので、制度設計後に人事評価の試行期間を設け、その期間は処遇(昇給や賞与)へ反映させないというやり方があります。処遇に反映させる場合でも、実際の納得感の度合いを見極めながら、段階的に処遇に反映させていくことが必要です。試行期間の長さは、短くて半年〜1年、長ければ2〜3年程度かかるでしょう。人事評価によって処遇を変動させていこうと考えているならば、それくらいの中期的視野を持って、早く検討を進める事が重要だと思います。(ギリギリまで問題を先延ばしした揚句、評価制度導入と同時に処遇を大きく変動させるようなやり方は、失敗の典型例です)
次回のコラムでも、引き続き、学校法人における人事評価の課題と対策について考えてみたいと思います。次回では、特に教員の人事評価に焦点を当てて考えてみます。
- 本コラムでは、人事評価については原則として「評価」という表現で統一していますが、出典があるもの(調査等)については原文のままの表現(考課)としています。