はじめに
企業にとって、優秀な人材の確保は常に至上命令ですが、その方策の一つとして外国人留学生の採用に力を入れる企業が増えていると聞きます。しかし新たな試みである以上、現場への負担やこれまでとは異なる人事マネジメント上の課題がついてまわることとなるでしょう。本コラムでは、新卒外国人の活用を考える背景と、人事マネジメントの課題について考えていきます。
採用ターゲットとしての外国人留学生
1.新卒採用市場の縮小
昨今、少子化の進行とともに新卒採用市場の縮小が懸念されています。文部科学省のまとめ(*1)では、18歳人口は2017年時点での120万人から減少していき、2041年には88万人と約73%まで落ち込むとされています。
その一方で、大学進学率はここ10年ほど約50%強で横ばいに推移しており、今後も急激な上昇は見込まれないでしょう。つまり、日本企業における最大の人材獲得機会である新卒採用で、優秀人材の確保が益々厳しくなっていくことが想定されます。
実際、既に外国人留学生の採用を行っている企業に対する調査(*2)では、その採用目的のトップが「優秀な人材を確保するため」(文系:71.0%、理系:79.7%)であり、外国人としての強みを発揮してもらうことの期待以上に、国籍にかかわらず優秀人材の獲得を図る企業の姿がみてとれます。
人材獲得の選択肢として、新卒採用以外の手法も検討されますが、社会構造上まだまだ新卒採用が主たる入り口である日本企業にとって、外国人留学生の採用は、当然に検討されるべき選択肢ではないでしょうか。
(*1)出典:文部科学省『18歳人口と高等教育機関への進学率等の推移』
(*2)出典:株式会社ディスコ キャリタスリサーチ『外国人留学生/高度外国人材の採用に関する企業調査』2017.12
2.日本企業の海外進出
国内市場の縮小が予想される、あるいは海外市場により大きなビジネスチャンスが期待できる分野を中心に日本企業の海外進出が進行しています。日系企業の海外拠点数は2017年10月時点で過去最高の7万5,531拠点に上り、ここ5年間で約18%増やしています(*3)。地域別には、中国(43%)を筆頭にインド(6.4%)タイ(5.2%)と続くアジアが全体の約70%を占めており、米国(11%)を中心とする北米が約12%、そして西欧が7.7%となっています。
海外事業展開に関する調査(*4)でも、6割近い企業が、中国・ベトナム・タイなどアジアを中心に更なる海外進出の拡大に意欲を示しており、今後も海外戦略を担う人材の確保は必要となるでしょう。もちろん海外戦略の担い手としては、現地のローカルスタッフも重要ですが、日本の本社との懸け橋となる人材の確保が重要であることは間違いありません。上述した調査(*1)における採用目的でも「海外の取引先に関する業務を行うため」「語学力が必要な業務を行うため」「外国人としての感性・国際感覚等の強みを発揮してもらうため」が上位にきているように、日本文化を理解し、日本語も話せつつ、日本人学生よりも総じて豊かな国際感覚と語学力を持つ外国人留学生の活用可能性は大いにあるといえます。
ところで、外国人留学生とここまで記述していますが、日本に在籍する外国人留学生は圧倒的にアジア人が占めており(*5)、実際に企業が採用している外国人留学生も同様にアジア人が大勢を占めます(*6)。これはあくまで結果論ですが、日本企業における海外戦略がアジア戦略を柱としている意味では、多くのアジア人留学生がいることは好材料といえます。
(*3)出典:外務省『海外在留邦人数調査統計』H30版
(*4)出典:日本貿易振興機構(JETRO) 『日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査』2017年度
(*5)出典:日本学生支援機構『外国人留学生在籍状況調査』
(*6)出典:株式会社ディスコ キャリタスリサーチ『外国人留学生/高度外国人材の採用に関する企業調査』2017.12
3.日本人人材の賃金上昇
実態として新卒外国人≒アジア人材といえますが、彼らが日本企業への就職を目指す理由はなんでしょうか。
日本で就職活動を行う外国人留学生に聞いたところ(*7)、「生活環境に慣れているから」(61.9%)、「外国人として日本語力を活かせるから」(54.1%)、「治安がよくて安全だから」(43.7%)が上位にきていますが、これは日本企業で働く直接の動機とはいえないでしょう。直接の動機は、その次にくる「将来のために日本での勤務経験が必要だから」(39.6%)、「給与・待遇が良いから」(39.6%)、「教育・研修制度が整っているから」(35.1%)の方だと思われます。また別の調査(*8)でも、「日本のビジネススタイルなど学ぶところがある」、「賃金水準が高い」、「日本企業の技術や製品・商品力が高い」が上位に挙げられており、総じて外国人留学生にとって、母国で働くよりも日本企業では機会や待遇に恵まれることが伺えます。
そうした背景を持つ彼らだからこそ、高いモチベーションを保ち、日本の文化・価値観を理解したうえで生活に溶け込む努力を惜しまず、一生懸命に働くのです。そして一般的に優秀な人材であることが多く、採用満足度も高くなります(*9)。
アジアを中心とする外国人留学生にとって、日本企業の賃金水準は母国よりも魅力的であることが多いです。この日本企業の賃金水準は、(当然ですが)日本人を獲得・確保していくという前提で定められています。そして、日本人を獲得・確保するための賃金水準は上昇していくと予測されています。
ある統計予測(*10)では、有期契約、定年後再雇用、派遣などの非正規労働者の比率上昇や、医療福祉、飲食サービス業の労働者の増加など、相対的に労働時間が短い労働者や賃金の低い労働者が増えることで賃金抑制が働くものの、労働需給がひっ迫する中で、中長期的には一人当たりの賃金は上昇していくと予想されています。特に、企業間の獲得競争が激化する基幹人材では、強い賃金上昇圧力がかかると考えられます。
こうした見通しの中で、日本人よりも賃金水準に対する満足度が高く、かつ優秀である新卒外国人は、とても魅力的な人材なのです。
(*7)株式会社ディスコ キャリタスリサーチ『外国人留学生の就職活動状況』2017.8
(*8)「日本で働きたい理由」 就職みらい研究所『外国人留学生・就業者の就職活動に関する調査』2017.3
(*9)「外国人留学生の入社後の活躍ついて」:予想以上に活躍している・十分に活躍している44.5%、普通29.7%、やや不満・戦力になりきれていない9.3%、他不明 出典:株式会社マイナビ『2017年卒 企業 外国人留学生採用状況調査』
「外国人留学生の採用結果の満足度」:満足・ある程度満足75.3%、どちらとも言えない21.6%、やや不満・不満3.0% 出典:新日本有限責任監査法人『外国人留学生の就職及び定着状況に関する調査』H26
(*10) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング『日本経済の中期見通し(2014~2025年度)』2015
4.外国人留学生の就職希望と実績の乖離
しかし、企業にとって新卒外国人が活用すべき存在であるはずなのに対して、外国人留学生の国内就職状況は現状芳しくありません(*11)。日本での就職を希望する外国人留学生が67.0%(*12)もいるのに、大学・院の卒業・修了者数の国内就職率は2015年度時点で35.2%と大きな乖離があります。
需要側である企業の採用意欲自体も決してネガティブでなく(*13)、供給側の外国人留学生の意欲が高いにもかかわらず、新卒外国人の活用がうまくいかない理由は何でしょうか。
(*11)出典:日本学生支援機構『平成28年度外国人留学生進路状況・学位授与状況調査結果』
(*12)大学・大学院在籍者における卒業後の進路希望で「日本において就職希望」と回答した割合が約67.0% 出典:日本学生支援機構『平成27年度私費外国人留学生生活実態調査』
(*13)従業員5,000人以上の企業で「外国人留学生を今後採用したいと思うか」:積極的に採用していきたい25.0%、いい人がいれば採用する75.0%、あまり採用する気はない0.0% 出典:株式会社マイナビ『2017年卒 企業 外国人留学生採用状況調査』
新卒外国人活用の課題
1.日本語でのコミュニケーション能力重視
新卒外国人の採用において最大のハードルとなっていると考えられるのが、外国人留学生に対して相当レベルでの日本語によるコミュニケーション能力を求める企業(*14)と、それに応えられない外国人留学生とのギャップ(*15)でしょう。
日本企業では、外国人材ならではの強みや高度な専門性の発揮よりも、現場負担やトラブルの回避を優先し、外国人材を活かすための社内整備を進めないため(*16)、いつまで経っても日本語によるコミュニケーション能力が採用基準として重視されています。さらにいえば、日本人採用の中でもよりコミュニケーション能力の高い人材を採用しようとするため、たとえ外国人留学生が日本語能力試験(JLPT)などで高いレベルを保有していたとしても、日本人と比べられれば圧倒的に不利になることは避けられません。
また日本語によるコミュニケーション能力重視の傾向は、採用時に留まらず、入社後の人事評価においてもハードルとなります。日本企業では、業務上の成果や貢献のみで評価を行うことは少なく、業務のプロセスや姿勢も評価されることが多いです。それも評価基準に照らし合わせる分かりやすい行動評価ならまだしも、日本独特の組織における根回しの上手さや空気の読み、といったようなものまで自然と評価に反映されます。日本人との比較の中でそれらを評価される外国人は、当然高い評価が付くことは難しく、また評価されない理由もよく分からないまま不満だけが溜まることとなるのです。
もちろん、高いレベルでの日本語によるコミュニケーション能力が必要な業種・職種もありますが、優秀人材や海外戦略向け人材の獲得という大目的と、高い日本語コミュニケーション能力の保有とを天秤にかけ、社内整備や採用基準の見直しを検討すべきではないでしょうか。外国人留学生を貴重な採用候補と位置づけ、日本人と別枠での採用も行う双日株式会社や、採用時に特に日本語能力の基準を設けていない楽天株式会社、英語面接も実施する日揮株式会社などの先行事例(*17)から学ぶのも良いでしょう。
(*14)出典:株式会社ディスコ キャリタスリサーチ『外国人留学生/高度外国人材の採用に関する企業調査』2017.12
(*15)「外国人留学生採用による社内での問題」:言葉の壁による意思疎通面でのトラブル68.6%でトップ 出典:株式会社ディスコ キャリタスリサーチ『外国人留学生/高度外国人材の採用に関する企業調査』2017.12
(*16)「外国人留学生採用の際の懸念点/採用を行っていない理由について」:社内の受け入れ体制が整っていないため58.3%でトップ 出典:株式会社マイナビ 『2017年卒 企業 外国人留学生採用状況調査』
「外国人社員の採用活動の課題」:社内の受け入れ体制が未整備45.0%でトップ
(*17)「外国人留学生の就職及び定着に関する好事例」 出典:新日本有限責任監査法人『外国人留学生の就職及び定着状況に関する調査』H26
2.生涯賃金コントロールを前提とする人事マネジメント
日本企業における新卒外国人活用でよく問題となるのが、長期志向の日本的人事マネジメントと短期キャリア志向を持つ外国人材とのギャップです。
もちろん、外国人材がすべて短期キャリア志向であるわけではなく、むしろ一つの企業でできるだけ長く働きたいと考える外国人材も多くいます(*18)。しかし、企業が優秀人材として獲得したいと考える外国人材とは、概して、一つの会社にこだわらずキャリアアップを図りたいと考える上昇志向が強く、他企業からも高待遇で引く手数多であることが多いのではないでしょうか。そうした人材をターゲットとした場合に、長期雇用を前提とした生涯賃金コントロールが基本となる日本的人事マネジメントでは、様々な場面で不一致を引き起こします。
まず、日本企業では、長期雇用を前提に、企業内のどんな職場でも働き続けることができるように、基礎教育(いわゆる「下積み」を含む)に多くの時間を割きます。この教育期間は、必ずしも長期雇用を志向しない場合、本人にとっても、会社にとっても無駄です。しかしながら、「新卒」というだけで統一的な「新人教育プログラム」を適用され、この教育プログラムを卒業できないと「使いにくい人材」と言われてしまうのです。
次に、長期間かけてゆっくりと上昇する賃金制度です。定年に向けて、途中で賃金が下がるような事態がないように精緻に設計された賃金制度ですが、定年まで勤め続けるとは限らない人材は、その時の貢献に応じてタイムリーかつフェアに評価されることを望むため、正当に処遇されていないと感じてしまいます。特に、IT分野は比較的日本語の壁が低い領域であり、外国人材を活用しやすいはずなのですが、若くして高報酬を得られる企業でなければ、優秀人材を獲得・確保することが難しくなっています。
次に、退職金・企業年金です。公的年金に関しては、老齢基礎年金の支給要件となる加入期間が10年に短縮されたり、日本と社会保障協定を結ぶ国の出身であれば納付する年金が通算されたり、そのどちらでもない場合でも脱退一時金が受け取れたりと、対応が進んでいます。しかし、日本企業における退職金・年金は賃金の後払い的性格も持つため、定年退職時と比べると中途退職時の支給は割安となってしまいます(*19)。また現在では、確定給付型・確定拠出型ともに企業間・制度間のポータビリティーが整備されつつあるため、日本国内での転職であれば資産の移転が可能ですが、母国へ帰る際、確定拠出年金ではほとんどの場合で運用指図者(*20)とならざるを得ません。外国人材への対応としては、退職金・年金を選択制とし、前払い退職金として普段の給与に含めてしまうことが方法として考えられるでしょう。
最後に、生活保障的な法定外福利厚生です。日本で長期的な生活基盤を持たない可能性がある外国人材にとって、ライフステージに応じて生活保障的に支給・活用される給与外の手厚い法定外福利厚生は、不必要に感じられる場合があります。当然、その分の費用が給与水準を押し下げることとなるため、給与に充当されることを望む人もいると考えられます。
上述のギャップは、すぐに対応が求められるものではないかもしれませんが、日本企業におけるグローバル化の進行や外国人労働者需要の更なる高まりによっては、企業における人材の枠組みの見直しを含めた抜本的な人事マネジメント改革が必要となるかもしれません。
(*18)「就職後のキャリアプラン」:一つの会社に定年まで勤めたい31.9%、一つの会社にこだわらず、転職などでキャリアアップをしたい46.0%、ある程度会社勤めをしたら、いずれは独立・起業したい19.3%、他2.9% 出典:株式会社ディスコ キャリタスリサーチ「外国人留学生の就職活動状況」2017.8
「今度就職する会社で何年程度働きたいか」:3年以内11.8%、5年程度22.9%、10年程度6.8%、わからない14.0%、できるだけ長く44.5% 出典:新日本有限責任監査法人『外国人留学生の就職及び定着状況に関する調査』H26
(*19)「留学生出身の外国人社員の平均勤続年数」:3年以内32.4%、5年程度39.1%、10年程度16.2%、それ以上12.3% 出典:新日本有限責任監査法人『外国人留学生の就職及び定着状況に関する調査』H26
(*20)掛金の拠出がなく、口座資産の運用指図のみを行う。運用・管理手数料がかかる。
まとめ
新卒外国人の活用における課題は、今回触れられなかったものも含め、まだまだたくさんあると思われます。しかし、労働需給がひっ迫化する環境の中で、経営合理性を踏まえれば、新卒外国人の積極活用を図ることに議論の余地はないのではないでしょうか。
外国人材の活用がより進行していけば、現行の日本的人事マネジメントのみでは対応できない場面が増えてくるでしょう。その時、日本企業に求められるのは、日本人と外国人を安易に線引きして、「日本人を対象とする従来の人事マネジメント」に「外国人に対応できる人事マネジメント」をただ付け加えるだけの御座なりな対応ではないはずです。
必要となるのは、経営戦略に照らし、日本人・外国人の区別なく、人材の活用目的やその性質に合わせて人材枠組みを捉えなおすこと(たとえば「グローバル人材」/「ローカル人材」や、「創造性発揮が期待される高付加価値人材」/「正確性や効率性が期待され、適切に業務をまわせる人材」など)であり、各々の枠組みに応じて人事マネジメントを改革することではないでしょうか。人事マネジメント上で、「日本人」「外国人」という概念を失くすことが、「外国人材活用問題」解決の端緒となると考えます。