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労働組合・従業員代表とのコミュニケーションプラン

SUMMARY

企業の買収は、経営資源の獲得・不採算事業の買収・事業承継といった様々な経営戦略上の目的をもって実施されます。今後の日本では労働人口の減少が見込まれているため、ヒトという資源を獲得する競争がより一層激化することが想定されます。そのため、M&Aという手段を通して一気呵成に経営資源(ヒト)を獲得する動きも増えていくでしょう。

日本全体としてはM&Aが一般化することが想定されますが、実際の企業買収プロセスは社内でも限られた人物のみが関与できる秘匿性の高いものです。そのため、M&Aの発表は被買収企業の従業員にとっては青天の霹靂のようなもので、自身の職場やキャリアの大きな変化に直面することで心理的な負担が増大します。

一般に、M&A後の人と組織に関わる問題は、M&Aの成否に大きな影響を及ぼすとされています。そのため、被買収企業の従業員の意識・感情に注意を向け、企業として適切なコミュニケーションを図ることは非常に重要な施策であると考えられます。

当社が実施した「M&Aを経験した社員(被買収企業)の意識調査」(*1)では、M&A発表時、移行フェーズ、統合フェーズにおいて、下図(図1)に示す課題が生じることが明らかになっています。M&Aプロセスの早期の段階からこれらの課題を解消する仕掛けを設けることで、人事の面からM&Aの成功率を高めることができるでしょう。

(*1)クレイア・コンサルティング株式会社(2016)「M&Aを経験した社員(被買収企業)の意識調査」

【図1.被買収企業における人事課題と対処例】

被買収企業における人事課題と対処例

M&A発表時における人・組織の課題と対処法

M&Aの発表は、被買収企業の社員の仕事環境・キャリア観を大きく揺るがすイベントであり、社員に大きな心理的負担をかけることになります。では、具体的にはどのような心理的負担を感じているのでしょうか。また、その影響はM&Aを実施する企業にとってどのようなリスクとなり得るのでしょうか。具体的な調査結果(*1)に基づき、説明します。

人材流出のリスクと実態

M&Aにおいて、買収側・被買収側双方が避けたい大きなリスクの一つが、優秀な社員の離職です。経営資源の強化を目的にM&Aを実行する企業にとって、優秀な社員を失った状態での買収は、実質的に価値を失った企業を手に入れるのと同じようなものです。また、被買収企業側にとっても、優秀な社員の離職は、自社の競争力や重要なノウハウが失われることで、組織全体の弱体化に繋がるリスクがあります。

実際に被買収企業で働いている/働いていた正社員にM&A発表直後の転職意思の有無を確認したところ、約4割以上の社員が転職を考えており、どちらともいえないと回答した人を含めると約7割の社員の心が揺らいでいたことが分かっています(図2-1)。また、M&A後に実際に転職したかどうかを確認したところ、社員の約10%がM&A発表後1年未満で退職、約20%が3年未満に退職していることが分かっており(図2-2)、人材流出リスクは予想以上に大きいことが伺えます。

【図2.M&A発表直後の社員感情と行動】

M&A発表直後の社員感情と行動

M&A発表時に社員が感じる不安

社員が退職を決意する背景には、直近の役割や職場の変化に対する不安だけでなく、中長期的なキャリア見通しの不透明さがもたらす焦燥感や、これまでの組織文化が失われることによる喪失感などが複雑に絡み合っていると考えられます。

実際に被買収企業の社員が感じている不安について調査(*1)したところ、「給与や賞与」、「会社や事業の方向性」、「業務の手続きやシステムの変化」について、調査対象全体の半数以上が不安を感じていることが分かっています(図3-1)。この結果から、M&A の発表後に多くの社員がまず不安に感じることは、自身の生活に直接影響を及ぼす給与・賞与であることが想定されます。企業としては、人事処遇がどう変わるかの見通しやスケジュールを早い段階で示すことで、無用な憶測や不安を回避することが重要であるといえるでしょう。

一方で、M&A 発表時に転職を考えた人の回答のみに着目した場合、「会社や事業の方向性がどうなるか」という不安がトップに挙がることが分かっています(図3-2)。会社の事業領域の変化や事業の縮小・廃止によって、自身の担当している仕事や部署はどうなるのか、社内での位置付けはどうなるのか、自身のキャリア形成はどうなるのかについて、大きな不安を感じている状態を読み取ることができます。

【図3.M&A発表時に被買収企業の社員が不安に感じること】

M&A発表時に不安に感じたこと(調査対象者全体)
M&A発表時に不安に感じたこと(M&A発表時に転職を考えた人)

M&A発表時に注意すべきこと

人材流出のリスクを回避するためには、社員の不安に真摯に向き合い、M&A後の処遇やキャリア、会社の方向性を社員が予測できるようにすることが重要です。しかし、調査結果(*1)によると、丁寧な説明を行っても、必ずしも社員の不安が解消されるわけではないことが分かっています(図4)。

M&Aを発表する際には、単に丁寧な説明をするだけでなく、M&Aによるポジティブな影響(キャリア機会の拡大など)を併せて伝えることで、社員がM&Aを前向きに受け入れる土台を作ることが重要です。また、M&A後の数年間は、実務・組織に関する大きな課題が待ち受けているため、早い段階で社員のモチベーションを高めておくことは、M&Aを成功させるための重要な鍵となるでしょう。

【図4.M&A発表時の丁寧な説明の有無と社員感情への影響】

M&A発表時の丁寧な説明の有無と社員感情への影響

移行フェーズ(M&A実施から1年以内)における人・組織の課題と対処法

M&Aが実施されて最初の1年間は、新しい組織体制に向けた移行フェーズになります。異なる仕事の慣習・組織文化を有する組織が1つの組織となった際にどのような問題が発生するのか、そのような中で社員の感情はどのように揺れ動くのかを説明します。

M&A 後1年以内に生じた課題と解決の方向性

M&A の発表時、被買収企業の社員の多くが人事処遇や環境変化に大きな不安を感じており、企業が丁寧な説明を行ってもなお、社員の不安を取り除くことは容易ではないことが分かっています。こうした不安は M&A 後に現実になる場合もあれば、そうでない場合もあると想定されますが、M&A実施直後のプロセスにおいて、社員は目の前の現実をどのように受け止めているのでしょうか。

M&A から1年以内に社内が最も混乱した出来事について調査(*1)を行ったところ、「業務プロセスやシステムの統合」や「組織改組/人事異動」の混乱を感じている人が多いことが分かります(図5-1)。また、それらの問題が発生する中で、「優秀な社員が流出した」や「社内の雰囲気が悪くなった」と感じる社員が多いことが分かります(図5-2)。移行フェーズは、組織全体にネガティブな感情が広がる恐れがある時期と考えられ、人事・現場の管理職が社員感情をコントロールし、周囲への影響力が強いエース人材をいかにリテンションするかが非常に重要です。

そのためには、統合の早い段階で優秀な人材を巻き込み、彼らが新会社の成功を象徴する存在となるような工夫が有効になるでしょう。成功事例を社内全体に共有し、社員がM&Aを前向きに捉えられるよう共感を広げることが重要です。

【図5.M&A実施から1年以内に混乱した出来事、発生した問題】

M&A実施から1年以内に混乱した出来事、発生した問題

統合フェーズ(M&A実施から1~3年)における人・組織の課題と対処法

M&Aが実施されて1~3年が経つと、企業としてはシナジーの創出に向けて動き出す段階に移行します。しかし、組織の融合・一体化がうまくいかなかった場合、シナジーの創出を生み出すどころか、業務の非効率化や社員感情の悪化が生じ、企業にとっても社員にとっても好ましくない状態になります。組織の融合に成功した組織と失敗した組織は何が違うのか、M&A初期の不安を乗り越えて留まった社員の感情はどうなっているのかを説明します。

社員間の融合や一体化がうまくいかなかった組織の条件とその解決策

まず、社員間の融合や一体化がどれだけ難しいかをM&Aプロセスに関わる当事者は理解する必要があります。M&A実施から1~3年程度の変化を見たときに、「社員間の融合や一体化がうまくいっていると考えているか」を被買収企業の社員に尋ねたところ、約6割以上の社員がうまくいっていないと感じていることが分かっています(図6-1)。さらに、組織の融合がうまくいった組織とそうでなかった組織を決定づける要素として、評価の公平感や適材適所の人材配置が挙げられます(図6-2)。

社員間の融合を促進するためには、社員に対する熱心なコミュニケーション等のソフト面の対応だけではなく、制度や事業運営の方針等のハードな要素を整備することが必要不可欠だと言えます。統合後の新しい会社・事業のあり方を踏まえ、買収側・被買収側のいずれにも偏らない新しい人事制度の導入や、共通の評価基準を設けることで、公正な評価・配置のための情報を集める仕組みを構築することが、統合効果を早期に実現する上での有効な手段となるでしょう。

【図6. M&A実施から1~3年後における組織の一体感】

M&A実施から1~3年後における組織の一体感のアンケート
M&A実施から1~3年後における組織の一体感がうまくいったかいっていないか回答別詳細結果

転職せずに留まった社員の意識改善

最後に、M&A後も転職の道を選ばす会社に残った社員の感情に注目します。果たして、被買収企業に残留した社員はM&Aを肯定的に受け入れ、今後のキャリアに希望を持っているのでしょうか。

調査の結果(*1)、約6割の社員が「M&Aは自分にとって良い出来事ではなかった」と感じており(図7-1)、その背景には「仕事に対するやりがいや希望の喪失」、「要求水準の厳格化」といった要素が多く挙げられています(図7-2)。これまで培ってきた仕事に対する熱意を失い、過度なプレッシャーを感じるようになった社員の様子が伺えます。

また、会社の目線に立って、M&Aが会社の存続・発展のために有効であったかどうかを尋ねたところ、約4割の社員が、有効ではなかったと感じています(図7-3)。社員の多くは、「社内の雰囲気が悪くなった」、「それまで会社が持っていた強みや良さが失われた」、「優秀な社員が流出した」と感じており(図7-4)、これまでの会社が持っていた強みが薄れ、優秀な社員が十分に評価されず離職してしまったことが、社員の間でのネガティブな感情を助長している様子が見受けられます。

【図7.M&A実施から1~3年後における社員感情】

M&A実施から1~3年後における社員感情についてのアンケート調査結果

M&Aの成功は、組織の統合だけではなく、社員が変化の中で新たな価値を見出し、成長できるかにかかっています。特にM&A後の1~3年は、企業と社員が共に困難を乗り越え、共に飛躍する基盤を築く重要な期間です。この期間において、社員が新たな環境における自らの役割を実感できるよう、柔軟かつ継続的な支援を行うことが、社員と企業の成長を支え、M&Aの成功をもたらすと言えるでしょう。

AUTHOR
橋本 卓
橋本 卓 (はしもと たかし)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員 マネージングディレクター
上智大学法学部卒業

国内シンクタンクにおいて官公庁や公的機関を中心としたコンサルティングに従事後現職。
グループ再編や組織改革の一環としての人事制度構築、組織課題や従業員満足度調査の設計・実施、マネジメントトレーニング/評価者トレーニングの設計・実施、参加型ワークショップを通じた意識改革プロジェクトの設計やファシリテーション等の分野で実績を持つ。

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