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M&A実行後の人事PMI(エンゲージメント)

SUMMARY

PMIにおいて、重要なプロセスのひとつが従業員の意識の統合です。組織を統合しシナジーを発揮させるためには、企業理念や戦略といった経営分野の統合、システム等のインフラや事業・拠点の統合といった業務分野の統合にとどまらず、異なる企業文化の従業員の意識を融合することが必要です。

意識統合が適切に行われないまま放置された場合、従業員のエンゲージメントやパフォーマンスの低下、従業員の離職といった事態に陥ることも起こり得ます。

PMIの過程においては、業務プロセスの変更や組織再編、指揮系統の変更等に伴う一時的な混乱や非効率状態が生じることは避けがたいものですが、従業員からすれば不安や不満、経営への不信感など、マイナスの感情に繋がってしまうことも起こり得ます。意識統合のプロセスにおいては、単に異なる組織文化の融合を図るだけではなく、こうした組織統合によって生じる可能性のあるマイナスの影響に適切に対処し打ち消すことも重要です。

このため、どの部署がどのような意識状態にあるのかを網羅的に把握することが求められます。意識調査や対話を通じて、従業員が抱えている課題や懸念を特定し、これに対して具体的な施策を一つひとつ講じていくことが必要です。これには、従業員の声に耳を傾けるための定期的なフィードバック機会の創出や、変化に対する不安を軽減するためのコミュニケーション強化、意識的なチームビルディング活動、適切なサポート体制の整備などが含まれます。

こうした取り組みを通じて、従業員の意識が一体となり、ポジティブな変革を推進する力となることが、PMI成功の鍵となります。

意識統合の進め方

PMIのプロセスにおいて、意識統合が効果的に進んでいるかどうかを確認するためには、意識調査を実施することが重要です。この調査を通じて、従業員が新しい組織の一員としての意識や価値観を共有できているか、そして組織全体が統合の方向に向かっているかを把握します。

意識統合のフレームワーク

バーナードの理論によれば、組織が機能するためには「共通目的」「協力意欲」「コミュニケーション」の3つが必要です。これに基づき、意識調査では次の3つの観点から組織の状態を網羅的に検証します。

①共通理念の浸透度

PMIによって新たに統合された組織の中で、企業理念や経営ビジョンがどれだけ共有され、従業員に浸透しているかを測定します。これは、従業員が新しい組織の方向性や目標に共感しているか、行動や意思決定の決める価値観として反映されているのかを確認します。

②従業員エンゲージメント

組織に対しての従業員の貢献意欲を測定します。PMIの過程では、従業員が変革により不満や不安を感じることが多く、そのために仕事への意欲や会社へのコミットメントが低下する可能性があります。調査では、従業員が組織にどの程度満足しているか、組織の一員であることに誇りを持っているか、さらには会社の目標達成に向けてどれほど積極的に関与しているかを確認します。エンゲージメントが高いほど、従業員は統合プロセスを前向きに捉え、自発的に組織の成功に貢献しようとします。

③コミュニケーション

組織内での情報共有の頻度や質、従業員同士や経営陣との対話の活発さを評価します。PMIでは、新たに形成された組織内のコミュニケーションの質が、意識統合の進行に大きく影響します。経営層からの透明性のあるメッセージや、従業員同士の積極的な情報共有が行われているかどうかを調査し、コミュニケーションが円滑に進んでいるかを把握します。効果的なコミュニケーションがなされていれば、従業員の不安が軽減され、組織の目標に対する理解と協力が促進されます。

このように、意識調査のフレームワークを通じて、共通理念の浸透度、従業員エンゲージメント、コミュニケーションの3つの観点から組織の状況を多角的に評価することで、意識統合の進行状況を把握し、必要な対策を講じるための基礎データを得ることができます。

PMI意識調査を通じた現状把握と対策

共通目的の浸透状況

従業員の活動を統一し、同じ方向に向かって進むための基盤となる共通目的の浸透度を確認します。

確認ポイントは大きく二つです。

  1. トップダウンで発信される企業理念の浸透度合い
  2. 現場の従業員の価値観と組織風土の確認

1.トップダウンで発信される企業理念の浸透度合い

ひとつは、経営からトップダウンで発信される企業理念(パーパスやミッション、ビジョン)がどの程度浸透しているのかです。

組織統合の過程で、会社がどの方向を目指していくのか、社員にどのような行動を求めるのかを改めて組織統合のタイミングで、新たにパーパスやミッションを策定することも多いです。

実際の質問項目としては、例えば「①経営トップからビジョン・展望を発信、②それぞれの職場へのビジョン・展望の伝達(職場ごとの目標への落とし込み・翻訳)、③ビジョン・目標への共感、④日々の業務の中での意識・体現」といった複数段階に分けて確認します。

一般にポジティブな回答の率は、トップメッセージの発信など経営が取るアクションの質・量と直接的に連動しやすい①程高く、各現場のマネージャーを介した意識付け・動機付けが必要な④に近づくに向けて徐々に低くなる傾向が見られます。

特定の段階でポジティブな回答の率が極端に下がってしまう箇所がある場合は、要注意です。例えば、①に対して②が大きく下がっている場合、現場マネージャーが、全社レベルのビジョン・目標を、それぞれの部署や現場に置き換えてメンバーに伝達することができていないことが考えられます。

また、定期的にモニタリングを実施し、経年での変化の確認は重要な項目の一つです。現場におけるミッション・目標の浸透度は、経営トップから現場マネージャーまでの連携と継続的なPDCAにより改善を図っていくものであるからです。

ビジョン・目標の発信については、新会社の方向性について経営トップから発信するイベントが多く、従業員側の関心も高い統合直後のポジティブ回答率に油断して、継続的な働きかけを怠ってしまうことで、翌年以降スコアが下がってしまうという場合もあります。

【働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみる共通目的の浸透度】

働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみる共通目的の浸透度

2.現場の従業員の価値観と組織風土の確認

もうひとつの確認事項は、現場の従業員の間で共有されている価値観や暗黙的な行動規範、言い換えれば組織風土の状態です。組織風土は、従業員が日々の業務の中でどのように意思決定を行い、行動するかに影響を与える重要な要素です。

具体的な質問項目としては、全体最適指向か個別最適指向か、短期的な成果を評価する傾向なのか、中長期的な仕掛けや仕込みを評価する傾向なのかといった、いくつかの対立軸を確認します。

業務プロセスや類似の機能を担当する部署であっても、出身会社ごとの組織風土が大きく異なる場合、組織の統合過程でハレーションが生じる可能性があります。新しい組織として目指すべき人材像を明確化するだけでなく、これまで評価されていた人材と、統合後の新しい組織で評価される人材の違いを丁寧に説明することで、従業員に対して新たな価値観や行動規範を受け入れ、変化を促すコミュニケーションを取ることが重要です。

トップダウンの理念浸透と同様、組織風土の融合状況についてもPMIの結果が出るまでに一定の期間を要するため、経年モニタリングと進捗状況に合わせた施策の実行が不可欠です。

【統合各社の組織風土の状態】

統合各社の組織風土の状態

従業員のエンゲージメント

従業員が組織に対して示す前向きな意欲は、企業の成功において欠かせない要素です。この意欲は、主に「仕事への意欲」と「会社へのコミットメント」の2つの要素から構成されます。

仕事への意欲
職務満足度を通じて測定され、総合的に見て現在の仕事にどれだけ満足しているかを確認することが重要
会社へのコミットメント
会社への貢献意欲や長期勤続意欲などの質問を通じて測定され、組織に対する愛着や関与度合いを把握する指標

仕事への満足度については、特に現場の従業員の場合、PMIの過程で日々の業務内容そのものが大きく変わることは少なく、そのため仕事への満足度が劇的に低下することは一般的には少ない傾向があります。一方で、業務システムの変更や業務配分の見直しによって付帯業務が増えることや、組織統合により情報共有や連携が必要な関係部署が増えることで、業務負担感が増加し、ネガティブな反応が生じることもあります。こうした変化が特定の部署で顕著に表れる場合は、その要因を早期に特定し、対策を講じることが重要です。

また、統合によるポジティブな影響を強調することも効果的です。たとえば、組織統合によって得られるキャリア機会の拡大や、互いの組織間での人材交流、勉強会などの取り組みが考えられます。従業員が新しいスキルを学び、成長してキャリアをステップアップさせていくことは、本人のみならず会社にとってもプラスの影響をもたらします。

【やりがいの構造】

やりがいの構造

「会社へのコミットメント」は、従業員が組織に対して示す貢献意欲や長期的な関与意欲を指し、組織への愛着や将来に対する期待感が含まれます。これを測定する際には、会社への貢献意欲や長期勤続意欲、組織に対する信頼感などに関する質問を通じて確認します。

PMIの過程では、会社へのコミットメントに影響をおよぼす様々な変化が生じます。新しい経営方針や戦略、組織構造や職場の環境が変わることは、従業員が感じる帰属意識や未来に対する安心感が揺らぐきっかけとなり得ます。

評価や報酬の仕組みなど直接処遇に関わるだけでなく、例えば業務システムの使い勝手や職場の快適性など、PMIの過程で従業員にとって環境が変化した事項については、質問項目を細かく作りこむことで、より高い解像度で分析を行います。

【働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)の質問事項例】

働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)の質問事項例

また、組織統合に対する評価、すなわち「統合して良かったと思うか」を端的に確認する質問も加えます。組織統合直後の一時的な混乱状態は、システム統合など大きなPMI課題への対処と同時に、PMI自体が上手くいっているように感じてしまいやすいものです。しかし、実際には組織統合をポジティブに捉える従業員の割合が下がってしまうことはよくあります。

【働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみる組織統合に対する評価】

働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみる組織統合に対する評価

長期勤続意欲(リテンション)や、組織統合への総合的な評価(「統合して良かったと思うか」)など重要な項目は、更に細かく要因を確認します。

【働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみる長期勤続意欲(リテンション)】

【働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみる長期勤続意欲(リテンション)】

コミュニケーション

コミュニケーションが円滑に行われているかを確認します。

コミュニケーションを確認する上でのポイントは、情報が円滑にやり取りされているかだけでなく、情報のやり取りの前提となる権限と責任や上司からの指示の明確さなど広い視点で検証することです。特徴的にポジティブ回答が低くなっている部署や階層については、組織権限や情報のやり取りのルールに曖昧さなど仕組みの問題か、マネージャーのマネジメントスキルを見直すべきかを確認し、対処することが重要です。

【働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみるコミュニケーション】

働きがい・満足度調査(エンゲージメントサーベイ)からみるコミュニケーション

【マネージャーのマネジメントスキル】

マネージャーのマネジメントスキル

フリーコメントによる情報の補完

選択式の質問のような統計的な分析が難しく、一部の従業員の意見しか反映されないため、全体傾向を把握する目的には使えませんが、具体的に従業員がどのように感じているのかを把握する上で、ポイントを絞って自由記述(フリーコメント)の質問を設けることは有効です。

具体的な不満足の理由や背景、「特定の部署が優遇されているのではないか」といった選択式の回答では拾いにくい不公平感についてのコメントから、今後の改善のヒントや、会社と従業員の認識のズレが明らかになる場合があります。

例えば、ある統合会社では、業務プロセス統合の過程で、一方の出身会社の従業員にとっては付帯業務の負担が増加する変更を会社として政策的に意思決定を行いました。会社としては、変更の理由や代替措置、負担増加と引き換えに得られるプラスの影響について現場への説明を行い、現場の理解も得られたと認識していました。しかし、実際の意識調査のフリーコメントでは、「会社の意図が理解できない」「業務量が増えて非効率になっている」など、会社の意図や展望が伝わっていないと思われる意見が多数見られました。

また、組織統合に期待することや、改善点の提案など前向きなコメントが記載される場合もあり、そうした意見を施策に取り入れたり、既に検討中の施策を実行する根拠の一つと位置付けたりすることで、「従業員の意見を取り入れている」というポジティブなメッセージとしてコミュニケーション戦略に組み込むこともできます。

AUTHOR
橋本 卓
橋本 卓 (はしもと たかし)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員 マネージングディレクター
上智大学法学部卒業

国内シンクタンクにおいて官公庁や公的機関を中心としたコンサルティングに従事後現職。
グループ再編や組織改革の一環としての人事制度構築、組織課題や従業員満足度調査の設計・実施、マネジメントトレーニング/評価者トレーニングの設計・実施、参加型ワークショップを通じた意識改革プロジェクトの設計やファシリテーション等の分野で実績を持つ。

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