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SUMMARY

M&Aに伴って持株会社に移行する際、人事の観点で検討すべき点は①持株会社の機能設計②持株会社・事業会社における人事制度設計③持株会社で勤務する人材の確保④全社での人材活用方針の策定です。

  • 持株会社の機能設計:どのような部署を持株会社で持つべきかを検討

  • 持株会社・事業会社の人事制度設計:等級・評価・報酬・労働条件の観点から人事制度設計の基本方針を検討

  • 持株会社で勤務する人材の確保:転籍出向/在籍出向を主な選択肢として検討

  • 全社での人材活用方針の策定:タテの壁・ヨコの壁という概念を参照しつつ、従業員マネジメントの在り方を検討

解決すべき課題

持株会社とは

持株会社は他の株式会社を傘下に置き、その経営に関与する企業です*

持株会社は、「全社戦略の高度化」「事業会社の機動力向上」「経営者人材の育成」という目的を実現する手段として有効な施策ですが、M&Aの文脈では”買収後のスムーズなPMIを実現する”という効果が見込まれます。なぜなら、法人格の統合に伴う大量の法的手続きや労働条件の統一、組織再編などが不要となるため、PMIを比較的容易に進められるからです。

*会社法では「子会社の株式の取得価額の合計額が、総資産に対する割合が50%を超える会社」と定義されているが、本稿では定義の実用性を重視して上記定義にて進める。

【持株会社への移行手法の例(共同株式移転スキーム*)】

持株会社への移行手法の例(共同株式移転スキーム)

M&Aに伴って持株会社へ移行する際に、検討すべき点は主に4点です。

なお、本稿では「共同株式移転によって持株会社を新たに設立するケース」を想定して説明します。

  • 持株会社の機能設計

  • 持株会社・事業会社における人事制度の設計

  • 持株会社で勤務する人材の確保

  • 全社での人材活用方針の策定

本稿では上記4点に関して検討すべき課題・ポイントを順に説明します。

【持株会社への移行に係る人事面での検討論点】

持株会社への移行に係る人事面での検討論点

持株会社の機能設計

持株会社には純粋持株会社と事業持株会社があります。純粋持株会社であれば、社内に事業部を持たないため、基本的にはコーポレート機能を社内に持つかどうかを検討することになります。

※事業持株会社であれば事業部を社内に持つため、上記の限りではない。

M&A後は、各コーポレート機能を①持株会社内に集約する②各事業会社で持つ③シェアードサービスセンターに集約する④アウトソーシングして外で集約することが選択肢として挙げられます。この判断を行う上で、下記のような振り分けロジックを定めておくことで、機能配置に関する議論を混乱なく進めることができます。

【コーポレート機能に関する振り分けロジック】

コーポレート機能に関する振り分けロジック
※上図例では、「専門性が求められる業務かどうか」で一次振り分けを行い、「全事業会社が利用するか」「集約によって効率化・高度化が可能か」で二次振り分けを行っている。

持株会社・事業会社における人事制度設計

持株会社では、会社間での連携強化・経営人材育成等の観点から、企業をまたいだ流動的な人材配置が重要となります。企業をまたいだ柔軟な人材活用を促進するため、原則として全社共通の人事制度を導入することが望ましいと言えます。

一方で、傘下の事業会社の特徴に合わせて制度自体の有効性を高める場合、人事制度は傘下の事業会社ごとに固有のものにするべきという意見もあります。例えば、会社業績が外部要因によって非常に大きく変動する場合は、当該企業では賞与額の変動幅を広く取ることが望ましいでしょう。会社業績が安定的に推移する業態の場合は、賞与よりも月給を手厚くすることが想定されます。

また、実態として会社ごとに求められる要素が大きく異なる場合もあります。例えば、製造機能のみを担う事業会社と、経理業務のみを担うシェアードサービスセンターでは、従業員に求められる要素が全く異なります。

このように、制度設計にあたっては、「各社の人事制度の互換性」と「各社の特徴への適合性」をバランスよく設計する必要があります。具体的には、人事制度を構成する各要素について、その特性ごとに「全社統合/各社にて設計」のいずれが望ましいかを判断し、それらが適切に連動して機能するように設計します。下記では、①等級制度②評価制度③報酬制度④労働条件の順で基本方針を整理します。

①等級制度:完全な統一はしないが、互換性を確保

等級制度は持株会社/事業会社間で互換性を持たせることが望ましいでしょう。具体的には、A社の○○等級はB社の○○等級に相当するといった読み替えを行えるようにします。なぜなら、組織内で異動するたびに都度個別に異動後の等級を設定することは煩雑になるからです。

②評価制度:人材像のみ共通設計

評価基準は業務に合わせて各社で異なるものを導入することが望ましいものの、人材像については全社共通で定めることが有効です。共通の人材像を参照しつつ、各社の業務に合わせた評価制度を設計することで、組織全体へ共通の価値観を浸透させることにつながります。

また、評価の反映タイミングを全社共通にしておくことも有効です。例えば、持株会社の管理職層を新たに事業会社から任用する場合、事業会社の評価スケジュールが持株会社と同じであることが望ましいと言えます。

③報酬制度:各社で設計

給与テーブル自体を統一する必要は無く、各社の経営状況に応じて設計することが望ましいでしょう。しかし、別会社への転籍出向によって給与が大幅に変わることは従業員の生活保障の観点から不適切であるため、大きく差が開かないように横串を通して管理する必要があります。

また、上述の例で挙げた通り、賞与の仕組みは各社の業績ごとに算定します。

④労働条件:項目ごとに「統一・個別設計」を検討

勤務時間・休日数などは、工場など一部の例外を除き原則として組織全体で統一することが望ましいでしょう。ただし、呼出手当や営業手当については、各社の業務の性質を鑑みて個別に設計することが適切です。また、企業をまたいだ異動が増えることを想定し、ポータビリティを重視した確定拠出年金制度(DC制度)への移行を検討します。

持株会社/事業会社における人事制度の方向性

持株会社/事業会社における人事制度の方向性

持株会社で勤務する人材の確保

持株会社への移行に際し、そもそも持株会社の従業員をどう確保するかを検討する必要があります。

従業員を確保するための主な方法として、?事業会社からの転籍出向?事業会社からの在籍出向が挙げられます。??の他にも、外部からのヘッドハンティングやプロパー人材の採用も想定されますが、本稿ではより汎用的な選択肢である??に焦点を当てます。

【転籍出向・在籍出向の特徴】

転籍出向・在籍出向の特徴

転籍出向

転籍出向の場合、労働者への個別同意が必要になります。あらかじめ転籍後の処遇(月給の増減・賞与の算出方法・退職金の移管等)を丁寧に説明し、個別同意を取得します。そのためには、人事制度設計~社員説明会~個別同意取得までを視野に入れたスケジュールの策定を行う必要があります。

一般的に持株会社への転籍時は労働条件が悪化するケースは少ないため同意取得に苦労する可能性は低いです。仮に転籍同意の難航が想定される場合は、移行措置を検討するべきでしょう。

また、転籍出向を一部の社員にのみ命じる場合、その選考条件を公正なものとするとともに、転籍対象でない従業員のモチベーションダウンを引き起こさないようなコミュニケーションが必要になります。

なお、持株会社の従業員全員を転籍出向で充足する場合、事業の現場から隔離されてしまい、事業会社への管理・指導が適切に行われなくなるリスクがあることに留意します。

在籍出向

在籍出向の場合は、従業員の個別同意なく出向を命じることができます。スムーズな人員配置が可能な一方で、本籍が事業会社にあることによって持株会社へのコミットメントを適切に醸成できなければ、本腰を入れた業務遂行になり得ない可能性に留意する必要があるでしょう。

なお、在籍出向を選択する場合、必要な作業工数は転籍出向よりも少なくなります。(ただし、就業規則に出向に関する定めが予めあり、かつ出向命令が人事権濫用にあたらない場合に限る。)

在籍出向では、給与制度などは本籍のある企業の水準が維持される場合があります。ヘッドハンティング等によって新たに採用した人材や転籍出向した人材が持株会社内にいる場合、処遇水準に大きな差が無いか留意する必要があるでしょう。

??ともに、最も重要な課題は「公平感の確保」です。持株会社内での処遇差、持株会社/事業会社間での処遇差、転籍出向/在籍出向間での処遇差など、複数の側面で公平感を維持しつつ新体制を構築することが重要です。

全社での人材活用方針の策定

全社での人材活用方針を考える際のポイントは”タテ・ヨコの壁”です。

タテの壁

タテの壁は、持株会社化に伴って生じる持株会社/事業会社の心理的・形式的な壁です。一般に持株会社の処遇は事業会社よりも高水準となります。また、事業会社からは「現場を考慮せずに指示だけする存在」とみなされるため、事業会社側と良好な関係性を保つことも難しいと言えます。

この壁を軽減し、また乗り越えるために、トップダウンでの積極的なコミュニケーションと従業員の流動性確保(事業会社/持株会社間の出向/転籍)を実施することが肝要です。流動性確保の具体的手法として、定期的な在籍出向によるローテーションが想定されます。

ヨコの壁

ヨコの壁は子会社間におけるセクショナリズムの進行によって心理的・形式的な壁が生じる状態です。異なる事業を担う事業会社間で心理的・形式的な壁が生じると、事業横断での異動・ノウハウ共有を行い難くなり、企業価値の低下を導きます。事業会社横断での異動が妨げられることで、複数の事業会社を知り大局的視点を持つ人材の育成機会が減り、人材育成の観点でも悪影響が生じます。

ヨコの壁はタテの壁同様に、事業会社単独の取り組みでは限度があるため、持株会社主導のもとで壁を壊す仕組みづくりを行う必要があるでしょう。

持株会社の有効性に関する"タテの壁"と"ヨコの壁"

特に、「小が大を呑む」形式のM&Aや、海外企業とのM&Aでは、買収先企業を事業会社として組み込んだ時点で既にタテ・ヨコの壁が形成されている場合があります。持株会社への移行時には、大局観を持って各社とのコミュニケーションプランを設計することが求められます。

課題解消のアプローチ

ここまで、持株会社への移行に際して検討すべきポイントを説明してきました。本節では、それらを実際に検討する際のプロセスについて確認します。

持株会社への移行における各検討テーマの進め方

まず、持株会社の機能を検討する際は、中期経営計画や市場環境分析をもとに構想策定し、経営層へのヒアリングを踏まえてブラッシュアップします。都度事業会社側の意向等も踏まえつつ、これらの手順を繰り返し、スピーディに協議を重ねて最終案を作成します。

持株会社への移行に係る人事制度の設計については、一般的な人事制度改定と同じ流れで進めます。等級・評価・報酬制度の枠組みを再構築する”概要設計フェーズ”、給与テーブルや等級定義などの具体的な内容を協議・作成する”詳細設計フェーズ”、規定の書き換えや従業員説明資料などの”導入支援フェーズ”に分けて進めていきます。

持株会社で勤務する人材およびその流動性の確保の検討は下記3つのタスクによって進めます。

  • 経営層・マネジメント層へのヒアリングをもとに基本方針を策定

  • 持株会社にて勤務する可能性がある社員の情報を確認しつつ現実的に実行可能な施策を協議

  • 転籍または出向に必要な各種手続きを実施

上記いずれの取り組みは専門的な知見と相応のコミットメントを要するため、外部の専門家を起用することが望ましいでしょう。

AUTHOR
桐ヶ谷 優
桐ヶ谷 優 (きりがや まさる)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員COO マネージングディレクター
慶應義塾大学文学部卒業

大手人材派遣会社および外資系コンピューターメーカーの人事部門にて、人材開発や人事制度設計に携わる。その後、国内系人事コンサルティング会社を経て現職。
主に人事制度改革を中心にコンサルティングを行う。最近では、企業再編に伴う人事制度改革や組織改革に従事。また、制度設計だけでなく、人事制度導入局面でのコンサルティング経験も豊富に持つ。

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