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組織・人事戦略の設計

SUMMARY

近年、日本においてM&A・組織再編が活発になっています。自社の既存事業とのシナジー創出を目的とした企業買収においても、株式を保有するだけではなく、事業戦略の見直し、組織や業務プロセスの統合など、買収先企業の事業・組織を変革させていくことが求められます。

解決すべき課題

M&Aにおいては、事業戦略の転換やそれを支える経営基盤の整備など大幅な変革を伴うことが常です。変革を成し遂げるためには、事業を担う社員一人ひとりへの落とし込みが重要なことは論をまたないでしょう。

組織には慣性があり、変革を行おうとしても元に戻ろうとする性質があります。人材マネジメントの変革を通じて、社員の意識や行動の変容を促進できなければ、新たな事業戦略の実現も困難となります。

買収前の社員の物事に対する考え方や仕事の進め方は、業界や業種の特徴、会社の戦略や風土など、様々な要因が複雑に絡みあって形成されています。社員の行動変容を行うには、単に組織構造や評価の基準を変えたり、研修を行うだけでは不十分です。事業戦略に基づき人材マネジメントの方針を見直し、様々な施策を組み合わせることで、初めて行動の変容を促すことが可能となります。

しかし、M&Aの場面で実施される人材マネジメント上の施策は、DAY1からの円滑な滑り出しの部分にのみ特化していることも多く、事業戦略を実際に実行する過程で社員が新たな事業戦略に適応できていないことがはじめて明らかになるケースもあります。また、M&A後に実行される人材マネジメントが、真のバリューアップやシナジー創出につながる施策になっていないケースも見られます。

実際に、M&Aを経験したことのある企業群に対して実施された2017年の調査では、組織・人材面に関する施策がM&Aの成否を分けた、という結果が出ています。

M&Aを通じて真のバリューアップ・シナジー創出を実現するためには、事業戦略の見直しと連動した形で人材マネジメントの変革を適切なタイミングで実施していく必要があります。

では、M&A実行後の人材マネジメントの変革はどのようなステップで行うべきなのでしょうか?人材マネジメントの変革は大きく4つのフェーズに分けて進めていくことになります。

【企業買収における人材マネジメント変革のフェーズ】

企業買収における人材マネジメント変革のフェーズ

フェーズ1、2は「リスクの軽減」「基盤の整備」「社員との信頼関係の醸成」など、「守り」に重点を置いたものであり、直接的なバリューアップやシナジー創出につながりづらい取組ですが、M&A実行後に不可欠なアプローチです。

一方、フェーズ3、4は、「事業戦略に呼応した人材マネジメントの変革」など、「攻め」に重点を置いたものであり、このフェーズでの取組みがM&A後のバリューアップ・シナジー創出にはより不可欠と言えます。

各フェーズについて解説します。

フェーズ1(DAY0~1):DAY1に向けた統合・現状把握

人事デューデリジェンスを通じてDAY1に向けた課題の現状把握やPMIプランの検討を行います。カーブアウト案件であれば、スタンドアローン・イシューへの対応を行い、DAY1以降に自立した組織として自走するための基盤を整備します。

フェーズ2(DAY1以降1年目):変革に向けた基盤整備

フェーズ1で明らかになったリスクに対応するため、PMIに関する人事プランを策定し、フェーズ3の改革に向けた“あるべき人材マネジメントの方針”を定めます。

ここで重要となるのは、株主や経営陣の変更に伴う社員の不安を軽減し、既存のビジネスが停滞することがないようにコントロールすることです。M&A直後は、環境変化による社員の流出やモチベーション低下などが発生する可能性が高く、信頼関係や安心感の醸成に重きを置くことが重要となります。

大きな変化を与えることは、社員の不安を招く可能性が高いため、労務リスクへの対応や人事運用の改善、労働環境の改善など、社員に対する直接的な影響度が小さいものから段階的に取組むこととなります。

フェーズ3(2~3年目):改革期

フェーズ2で醸成した信頼感をベースに、事業戦略に応じた人材マネジメントを行うための施策を実行します。バリューアップ・シナジー創出を念頭とした事業戦略が実行段階に入っており、事業を推進できる人材マネジメントへの変革が強く望まれる段階です。

フェーズ4(4年目以降):次なる成長に向けた転換期

さらなる成長を促進するための施策検討と共に、人材の世代交代に向けた取り組みが必要となります。また、買収後に実施した事業戦略の効果やフェーズ2、3で実施した人材マネジメント施策の効用(または副作用)が明らかになる段階であり、次の成長に向けた施策の検討が求められます。十分に次のリーダーが育ち、自走できる状態になっているか点検し、中長期目線で人材育成を行うことで会社が自走してバリューアップ・シナジー創出していける状態を目指します。

課題解消のアプローチとクレイアの付加価値

バリューアップに寄与する人材マネジメントの変革を行う上でのポイントは、まず、事業や組織の改革が人材マネジメントに及ぼす影響を明らかにすること、特に求める人材像を再定義し、現有人材が担っている役割からの変化を明らかにすることです。

そのうえで、新たな役割を担える人材を特定し、行動変容に向けたアプローチとして意識改革と新たな行動様式を定着させるための仕組みの整備を検討します。

クレイア・コンサルティングは、経営戦略や組織戦略、あるいは評価や報酬などの制度設計に関するプロフェッショナルであると同時に、「ヒト・人材」に関するプロフェッショナルでもあります。組織における「ヒト・人材」の行動原理を踏まえた本質的な変革施策をご提案します。

1. 求める人材像を再定義する

新たな事業戦略の実現にあたり、求める人材像を再定義します。各人材の役割を定義し、人数や評価・処遇の方向性を検討したうえで、現有人材との質的・量的な比較を行います。

まず、求める人材像と現有人材の比較を行い、具体的にどのような行動変容が必要になるのかを明らかにしていきます。

また、現有人材の質的転換で十分なのか、外部からの即戦力人材の採用が必要になるのか、要件を満たさない現有人材はどの程度いるのか、などの定量的な検証を行います。

2.行動変容に向けた意識改革を行う

求める人材像と現有人材の比較をもとに、社員の行動変容に向けた意識改革の取り組みを行います。

新たな経営戦略や事業戦略に基づいて企業理念やビジョンを設定することで、社員は自らも変わらなければならない、という意識を持つことになります。ここで重要なのは、不安をあおるのではなく、会社がよい方向に向かっていこうとしている認識を醸成し、社員が一丸となってM&A後の事業活動に取り組むように働きかけることです。

3. 新たな行動様式を定着させるための仕組みを整備する

社員へ意識改革を働きかけたのち、人材の行動変容を定着させるための仕組みを整備します。

社員の行動変容を定着させるためには、従来と異なる考え方に基づいて人事評価や処遇の仕組み、働き方のルールを再設計し、これまでとの違いを明確にすることが不可欠です。

例えば、等級制度であれば、これまで職能資格に基づいて設計・運用していたものを、役割基準や職務基準に見直す、不要な役職を廃止し、管理職の役割を明確にする、といったアプローチが考えられます。

また、評価制度の見直しにあたっては、再定義した人材像に基づいて推奨される行動とそうでない行動を明確にすることが重要です。場合によっては、従来良しとされてきた行動を否定しなければならない場面もあるかもしれません。求める人材像に沿った新たな行動指針を評価項目や評価基準に反映していきます。

更に、報酬制度の設計では、等級制度や評価制度に基づいて処遇水準や処遇の変動ルールを見直すことになりますが、M&A実行直後に、従業員の報酬制度を必要以上に大きく変えないことも重要です。処遇を大きく変えることは社員の生活を脅かすことにもなり、安心感を損なうことになります。事業や組織が変わり、人事制度の一部が変更となっても、社員が前向きに働き続けることが出来るよう、段階的に変化させていくことが重要です。

社員の行動変容を促すためには、新しい役割を果たすことが出来る人材はスピーディーに厚遇しつつ、その一方で、これまでの行動を変えられない人材についてはこれ以上処遇の引き上げを行わない(場合によっては徐々に処遇を見直す)といった対応を出来る限り時間をかけて進めていくことが求められます。

コンサルティングのイメージ・事例

ここでは、M&A後のバリューアップにつながる人材マネジメント施策の具体的アプローチについて小売業を例に挙げてご紹介します。

1.「客単価を増加させる」という事業戦略をとる場合

客単価を上げるために購入点数を増やす、という取り組みを行うとしましょう。来店客がもう一点買いたくなるようにするには、DPや陳列等売り場の見直しや店員からの声掛けなど、多様な取り組みを日々見直していくことが必要です。そのためには日々売り場に立ち、来店客を一番よく見ている店員が「もう1点多く売る」ための取り組みを自発的に行える状態にすることが求められます。

そこで「顧客にもう一点追加で買ってもらえるように声掛けをしましょう!」というお題目を経営陣や部門長が唱えたり、マニュアルを整えたりするだけで社員の行動は変わるのでしょうか?

多くの小売業の現場では、「たくさんの顧客をスムーズに捌く」という方向に社員が意識づけられているのが実態です。このような現場で評価されてきた社員は、効率よくオペレーションを回せる社員です。そして評価する側の店長も効率を重視する考え方が刷り込まれているでしょうし、通常、評価基準にもそれが反映されている場合が多いと言えます。

このような組織において求められてきた人材像は「要領がよい人」であり、採用時もきびきびとした印象を与える人を優先して採用していることが想定されます。

購入点数を増やすために顧客を観察する、声がけを行う、という業務はオペレーションの手を止めてしまい、これまで良しとされてきた行動は時として相反するものになります。

新しい方針に従い「もう一点買ってもらえる」というようなオペレーションを構築したとしても、採用担当者や評価される人材にその考え方が徹底されていなければ、効果は薄まってしまいます。

このように事業戦略の見直しは、求める人材像に変化をもたらします。この人材像の変化を社員に十分に浸透させ、行動様式を変化させるには、オペレーションだけではなく、評価基準や評価者の任用基準、社員教育まで総合的に見直す必要があります。小手先のオペレーションの見直しだけでは、徐々に元に戻ろうとする組織の慣性を止めることはできず、オペレーションの無視・旧来のオペレーションへの回帰など、経営のコントロールが効かなくなってしまうことが懸念されます。

2.人件費を効率化し、営業利益を増加させる場合

競合と比較してコスト高に陥っている小売業において、人件費の圧縮を目的として、正社員中心から単価の安いパートタイマー中心へと人員構成を見直すことが決まったとしましょう。

日本の雇用慣行では、正社員を削減することは難しく、一般的に正社員の削減は新規採用の中止と自然減により徐々に行われていきます。例えば、新規出店時に、これまで正社員を新たに10名雇用していたものを、正社員4名については既存店から異動させ、残りはパートタイマー25名の新規雇用に見直す、といったように徐々に正社員比率を下げていく方法をとることとなります。

この時に問題となるのが、数が絞られる正社員の役割、数が増えるパートタイマーの役割はこれまでと同じでよいのか?パートタイマー中心の組織はこれまでの正社員中心の組織と同じ仕組みで問題なく機能するのだろうか?という点です。

正社員中心の組織とパートタイマー中心の組織では、正社員・パートタイマーがそれぞれ担う役割は異なります。

一般に、正社員はパートタイマーと比較して勤続年数が長く、業務経験も豊富です。それと比較し、パートタイマーは、勤続年数が短くなる傾向にあり、勤務時間の短さから正社員ほど早く業務に習熟することは困難です。パートタイマーを中心とした組織に転換するにあたって、正社員に対して業務指導の役割やイレギュラー対応の役割を求めることとなります。

しかし、正社員中心であった組織では、業務指導を担える社員は経験が長い社員に限られていたため、正社員であっても経験年数が浅い正社員の場合、イレギュラー対応の能力が十分に身についておらず、上記の役割を担えないケースも想定されます。

このように、雇用ポートフォリオの見直しは、正社員が果たすべき役割に変化をもたらします。この変化に則した人材マネジメントの見直しを行い、採用や教育、評価の仕組みを再構築する必要があります。社員が役割の変化に対応できなければ、パートタイマーをマネジメントできず、退職が相次ぎ、常に採用業務に追われ、人手が減った中でオペレーションが崩壊していく、という悪循環に陥ることが懸念されます。

変革期の人材マネジメントのあり姿は、新たな事業戦略や組織像に基づいて策定すべきものであり、人材の役割に変化をもたらす要素をつぶさに把握し、新たな役割を明確にすることが必要となります。新たな役割に基づき、適切な行動変容を促し、必要な能力を身につけられるような環境や制度を整備することが、人材マネジメントの観点で求められるのです。

AUTHOR
桐ヶ谷 優
桐ヶ谷 優 (きりがや まさる)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員COO マネージングディレクター
慶應義塾大学文学部卒業

大手人材派遣会社および外資系コンピューターメーカーの人事部門にて、人材開発や人事制度設計に携わる。その後、国内系人事コンサルティング会社を経て現職。
主に人事制度改革を中心にコンサルティングを行う。最近では、企業再編に伴う人事制度改革や組織改革に従事。また、制度設計だけでなく、人事制度導入局面でのコンサルティング経験も豊富に持つ。

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