前回は、日本型の雇用システムの根幹の考え方と具体的な制度・仕組みとの関係、現在どのよう限界に直面しているのか、そして今後の変化の方向性を整理しました。
本稿では、近年注目されるジョブ型雇用とは何か、日本企業がジョブ型雇用を取り入れる際に躓きやすいポイントとその対策、そして自社の人事制度を見直す際のポイントを解説します。
ジョブ型雇用とはなにか
前回で解説したとおり、日本型雇用は、「メンバーシップ型」と呼ばれるように、会社と従業員の雇用契約の契約関係の長期的な維持を優先し、「職務」はその時々の会社の事情により変更されます。そのため、処遇は「人」基準で決定されます。これに対して、ジョブ型の雇用システムでは、会社と従業員は「職務」を介して雇用される関係にあり、「職務」基準で処遇が決まります。
欧州や米国の雇用システムは概ね「ジョブ型」の雇用システムに分類されます。「ジョブ型雇用のお手本」として欧米企業の雇用システムを引き合いに出す例もよくありますが、法律や労働市場などの雇用システムの前提となる環境が日本と異なることに注意が必要です。
ジョブ型の雇用システムが発達している欧米社会では、技術革新や景気変動により、ある職務が必要でなくなった場合に労働契約を解消することが認められていますが、職務ごとの労働市場が日本以上に発達しているため、解雇された労働者は別の企業で雇用を確保することが比較的容易です。
また、欧米社会では職務ごとの賃金相場が細かく決まっているため、日本のように「同じ職種でも就職する企業により賃金が大きく異なる」という状況は起こりにくいとされます。加えて、スキルや経験に乏しい若年層が労働市場では不利な立場にある、ということも、「新卒採用」という特別な労働市場が形成される日本の労働環境と大きく異なる点と言えるでしょう。
ジョブ型雇用が注目される背景
近年、ジョブ型雇用は年功型賃金の打破と人材フローの改革の観点から日本型雇用の抱える限界に対するソリューションのひとつとして、注目されています。
人が担うべき職務が高度化し、「自社の様々な業務に精通する総合的な能力」が競争力に結びつきにくい環境へと変化する中で、年功型賃金の維持や、異動とOJTを主軸とした社内育成の合理性が薄れつつあります。
そこで、多くの企業は以下の2点を目的として、ジョブ型雇用の導入や検討を進めてきました。
- 職務と処遇の結びつきを強め、職務の付加価値に応じて賃金が定まる合理的な人件費配分にすること
- 職務に基づく処遇を前提に社外から今後の事業展開に求められる人材を誘引できる人材フローへの改革
さらに、最近ではコロナ禍をきっかけに、今後常態化するオンライン環境での働き方への対応という観点から再びジョブ型雇用への注目度が高まりました。
日本型雇用では、職務を定めず雇用契約を結び、組織の要請に応じて様々な部署を異動することになります。各職場においても、ひとりひとりの職務は明確化されておらず、組織内に生じる様々な仕事をメンバーの状況を見て上司が都度割り振ることが一般的です。
その結果、仕事ぶりの評価は、「遅くまで残業して頑張っている」「よく仕事を引き受けてくれる」など普段の仕事ぶりが全て見ていることを前提とした、上司の主観的判断に影響を受ける傾向にあります。
ところが、テレワークという働き方(業務のオンライン化)により、「上司が普段の仕事ぶりが全て見ている」状況が成立しなくなります。そのため、メンバーの業務状況や見えない不安から、上司が進捗確認のための報告を頻繁に求めたり、会議を高頻度で設定したりするケースが多いようです。結果として、業務時間の圧迫や業務中断が多くなることで、メンバーの生産性低下につながるといった事態が生じてしまいます。
また、企業によっては業務中に常時webカメラの接続を求める場合もあるそうですが、こうした行き過ぎた「監視」行為は従業員へプレッシャーを与えたり、「あなたを信用していない」というメッセージとして受け取られたりすることで、上司や会社に対する不信感や忠誠心の喪失に繋がることが懸念されます。
加えて、部下側も上司から自分の働きぶりが見えていないことよる不安から、残業時間が増加してしまうことや、評価の納得感が低下してしまうケースも少なくありません。
そこで、ジョブ型雇用を導入し、個人ごとの職務と評価の基準を明確化することで、上司がメンバーを常時観察できない状況下でも、適正な業務の配分やアウトプットに基づく納得感のある評価を行える仕組みへと変更を目指す企業が増加しています。
ジョブ型人事制度導入の失敗例と対策
ところが、ジョブ型雇用を前提とした人事制度(以降、ジョブ型人事制度と呼ぶ)を導入したものの、期待通りの成果が得られず失敗してしまうケースも多いようです。
前回でも触れたように、年功型賃金・長期継続雇用・会社主導のキャリア形成など、日本型雇用システムの各要素は相互に機能を補完し合う性質にあります。従って、雇用システム全体との関係を考慮せずに一部(人事制度)のみを変更することは容易ではありません。
失敗した企業では、こうした日本企業固有の状況を考慮せず、ジョブ型雇用の先進国である欧米の制度をそのまま導入・適用してしまい、その結果制度は変わったが実態運用は何も変わらず、制度が形骸化してしまった、といったことも起きているようです。
ではジョブ型人事制度導入の際にこうした失敗を避けるには、どのようなポイントに留意すればよいでしょうか。ここでは代表的な3つの失敗例を挙げ、それぞれの対策のヒントを解説します。
失敗例①:現在の職務体系をベースとしてしまう
日本型雇用の企業では、人を基準とした職務設計、すなわち「部門・組織にいる人たちが、自分たちの仕事を創り出している」というケースが一般的です。なかには、年功的な昇格や昇給を維持するための「処遇のためのポスト」、本来の意図と異なる「管理職階層の専門コース」の活用などが慣例となってしまっているケースもあります。
このような、現場主導で「今ある職務」を前提に作成した職務記述書を作成してしまうと、必要性や合理性の低い内容(あるいは、非効率な役割分担)が多分に含まれます。また、職務の価値(ポジションごとの報酬水準)についても、人基準で決定していた水準を引きずってしまうこともあります。
日本型雇用の職務設計のままに枠組みだけをジョブ型雇用に変えた制度設計を行うと、職務内容や職務価値の矛盾や不整合からくる社員の不信感や不満が生じる結果となってしまいます。
こうした事態を避けるために、まずはこれから目指すべき事業戦略を基にした職務組成の「あるべき姿」を描き、必要な職務や報酬水準の設定を行うことが重要です。
もちろん、「あるべき姿」に基づく職務組成と現状の職務組成にはギャップが生じます。例えば、現状よりも低いポジションや報酬に格付けせざるを得ない人が生じる場合です。そのため、不利益変更による法的リスクや、本人や周囲に対するモチベーションリスク等を洗い出し、移行措置や転身支援などを含め様々な対策を講じることが必要です。こうした配慮を行い、制度の根幹となる部分がブレないようにしなくてはなりません。
失敗例②:育成段階と処遇方針が整理されていない
ジョブ型人事制度というと、職務価値の算定や合理的な賃金決定といった「処遇」に注目が集まりがちですが、その人事制度の中で、将来に向けた人材育成を持続的に行っていくことができるか、という観点も重要です。
人材育成の基本は、職務の中で本人の能力に対してストレッチした業務目標への取組みを通した実践経験の積み上げです。日本型雇用システムでは、「職務遂行能力」という曖昧性の高い処遇決定基準の中で、現場ごとに柔軟な職務の与え方により育成を行ってきました。
例えば、ある企業では、営業職は「ひとつ上のレベルの職務」を早期に与え一気にストレッチさせることで育成を図り、企画職は「経営層への報告資料を作る」という同じ仕事の中で本人の判断・裁量を成長段階に応じて増やすことで育成を図る、というように部署ごとに育成方針の違いがあり、いずれも同じ等級として処遇に差を設けない運用となっていました。
一方で、ジョブ型雇用では、職務を基準として処遇が定まります。「育成のためのストレッチした業務目標(職務)」を負う従業員の処遇をどのように決定するかについて方針が定まっていないことによる運用の不整合・矛盾が生じます。
前述の例では、営業職のように育成段階で一つ上のレベルの職務を担う場合に処遇を引き上げるのか、その場合、企画職のような職種に不公正感が生じないか、逆に処遇の変化がないとなれば、「ひとつ上の職務」を与えられた本人に不満は生じないか、といったことが議論に上がりました。
制度設計の段階で、部門ごと・現場ごとの人材育成の方針については、人事部門が把握しているケースは少なく、それぞれの部門も育成方針が「あたり前」として確立しているため、運用段階まで問題が認識されないケースが多くあります。
制度設計の段階で人事が各部門へ積極的にヒアリングを行い、部門ごとの違いを許容するかを含めて制度設計や運用基準の中に織り込むことが重要です。
失敗例③:年功的な処遇運用を温存してしまう
検討段階で様々な要素を考慮してジョブ型人事制度を設計・導入しても、結局現場の運用で年功的な昇給や昇進が保存され、制度が形骸化してしまうケースも珍しくありません。
働き手の意識がジョブ型雇用の考え方に対応できていない、ということを考慮しないまま、処遇の変更を伴う制度を導入すると、当然、現場の従業員から不満や不安の声が生じてしまいます。ここで、マネジャー自身がジョブ型雇用の考え方や必要性に腹落ちできず、前向きなメッセージとしてメンバーに語ることができない場合、このようなことが生じます。
そこで、対応策のひとつの例として、組織全体を一気に転換するのではなく、マネジメント層から段階的に導入するという方法があります。
具体的には、人事部門やトップマネジメントのコントロールが効く範囲で、マネジャーに対してジョブ型雇用の考え方の浸透と意識改革を行った後、組織全体へ広げていきます。そうすることで、マネジャー自身が腹落ちした状態で組織運営を行うことができ、またマネジメントから率先して新しい処遇へ変えることで、組織メンバーも納得感を得やすくなることが期待できます。
自社の雇用システムを点検するポイント
最後に、実際に自社の雇用システムを見直すべきかどうか点検するポイントを紹介します。
人事に関する仕組みの見直しというと、報酬や評価といった問題が表面化しやすい制度へ意識が向きがちです。しかし、前提として自社の現在・将来のビジネスを実現するにあたって必要な人材を獲得し、適切に育成・配置し、優秀者を引き付け続ける仕組みとなっていることが求められます。一方で、こうした部分については、意識して点検しなければ問題を発見しづらいものです。
また、見直しにあたっては自社の事情だけでなく、キャリア採用市場の拡大やキャリア自律を求める働き手の増加など、前回述べたような社会全体の変化の方向性に対応した発想の転換が求められます。
そこで、点検のポイントとポイントごとの発想転換法について紹介します。
点検ポイント | 発想転換法 |
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「なんとなくの採用」になっていないか |
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現場任せの育成・配置となっていないか |
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個々人の状況に合わせた人材を引き付けられる仕組みとなっているか |
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本稿で解説した、「日本型雇用の限界」「ソリューションとしてのジョブ型雇用の導入」は一般化した話であり、「自社の雇用システムは限界に直面しているか」「その場合ジョブ型雇用の導入が最適なソリューションか」という問いに対する回答はそれぞれの企業ごとに異なります。
以前からのビジネス環境の変化に加えて、今回のコロナ禍をきっかけとした変化により、自社の雇用システムの限界を認識した企業は多数あると考えます。また、自社の状況に変化がなかったとしても、他の多くの企業が雇用システムを変化させ、労働市場や働き手の意識に変化が生じれば、将来的に限界を迎える可能性あるでしょう。
本稿が、自社の雇用システムの見直しを考える契機となれば幸いです。