役割等級制度とは、企業のミッション(組織の存在意義、使命)から導き出された経営計画を、個人レベルの役割に割り振り、これを等級として設定し、その役割に基づいて目標設定、業務遂行と成果測定を行う人事マネジメント手法です。(等級はミッショングレードとも呼ばれる)
- ポスト不足や選抜・抜擢、肥大化する担当課長・担当部長層などの峻別に最適
- 同じ役職の人でも明確に区分が出来る上、役割や責任への動機づけもしやすく
- 各企業をとりまく経営環境の違いにも対応、企業の価値観を反映した格付けが可能
役割等級制度が生まれた背景
従来、日本企業の多くは、職能資格制度に基づき、職務能力の高い社員を上位の資格等級へと引き上げていく人事マネジメントを行っていました。しかし、昨今の厳しい経営環境の中、それぞれの職務に求められる能力が高度化/多様化し、従来の職能資格制度では対応出来ない状況が出てくるようになりました。
職能資格制度では、ある時点で定めた能力基準に従い長年にわたり能力を積み重ねていくキャリア形成を前提としていますが、能力基準が急速に変化を続ける現在、その方法は機能しなくなっています。
一時期、コンピテンシー(高い成果を上げている人材によって実証された能力や行動特性)の概念が注目を集めたりしましたが、今の状況に十全に対応できるものではありませんでした。能力のみを基盤とする等級制度は、現在、岐路に立たされていると言ってもいいでしょう。 環境が激しく変化するなかで、年齢に関わらず優秀な社員を選抜し、上位の役職へと抜擢するケースも出てきました。各社は職務能力以外の要素を評価対象として組み入れ、かつ、年功序列的要素を柔軟な方法で排除する、新たな仕組みの模索を始めました。そこで再び脚光を浴びたのが、アメリカをはじめとする海外の企業が多く取り入れている職務等級制度(ジョブグレード)です。
しかし、職務等級制度は、職務と職務に付随する責任(アカウンタビリティ)が明確かつ固定的な、いわゆるスペシャリストを育成していくことを前提としています。一方、日本企業が標榜したのは、自社組織に精通し、個々人がアカウンタビリティを持ちつつも、チームワークや協力を介した柔軟な職務遂行によって成果が出せるゼネラリスト人材でした。当然、職務等級制度は日本企業には馴染まず、一般的な方法としては定着しませんでした。
さらに、環境の変化や事業構造の変化にともない、組織の構造や組織運営の方法を従来とは比較にならないほど頻繁に改善していくことが求められるようになりました。その結果、組織のフラット化が行われ、その中で仕事が柔軟に組み換えられたり、ライン管理職ではない高い能力を持つ従業員を有効に活用したりする動きが日常化するようになります。
しかし、組織のフラット化はポスト不足に拍車をかけることになりました。年功序列で昇格に格差をつけないできた日本企業では、部長職や課長職などにおいて、ラインを監督する組織長以外にも複数の社員を同じ職位につけてきたため、そもそも管理職層が肥大化していました。この状態で組織をフラット化し中間管理職を排除すると、実質的な組織長のポストに就ける人はさらに少なくなり、ポストにつけない多くの管理職層が発生することになります。
同じ部長や課長という職位をもちながら、能力と責任が大きく異なる社員が多数混在するなか、これらの人々の処遇について、どのようにメリハリをつけていくかという、悩ましい問題が浮上してきています。
このような新しい組織運営のもとで発生する問題は、従来の職能資格制度や職務等級制度では十分に対応が出来ないものでした。そんななか、役割をベースに柔軟な等級の付与が可能となる役割等級制度が、柔軟な組織運営を可能とする方策の一つとして、今注目を浴びているのです。
役割等級制度の機能とメリット
1.同一職位の社員同士の違いを明確にできる
職能資格制度等で年功序列的な運用を行うなかで組織のフラット化が進んだため、ライン長のポストは激減し、同じ部長の肩書が付く管理職層でも、部下の数や仕事の中身など、その職責が異なる社員が多く存在しています。
こうした人々はしばしば「担当部長」や「専任部長」などと呼ばれますが、それぞれの組織への貢献度が相当異なっています。例えば、「部長代理、副部長的存在」、「役員直属の特命担当として動く部長級」、「部下はいないが高度な専門性を持つ部長級」、「年長者でモチベーションを下げないために部長級にしているが実際は担当職スタッフと同等の者」といった具合です。しかし職能等級や職務等級では、同じ肩書きを持つ社員は基本的に近しい等級となりがちです。
役割等級制度では一般的に、それぞれの役割が仕事の大きさ(権限)、職務遂行に必要な能力・知識の水準(難易度)、出すべき成果の大きさ(期待成果)などの観点から格付けされ、個々人に割り振られます。そのため、ライン管理職以外で高い肩書を保っている多種多様な部長級の社員の一人ひとりについて、どれくらい組織に貢献できるか、その貢献価値を説得力のあるプロセスで明らかにすることができます。そして、今現在その人が抱えている役割の大きさがそのまま等級に反映されることになるため、より実力に近い形での等級の付与が可能となります。
2.役割や責任の拡大への動機づけがしやすい
一般的に職務内容が固定的でないとされる組織の上位階層の社員(役員・管理職)に対し、その時々に応じて実態に合った役割を設定し、その役割に基づいた評価を行うことが可能です。そして、役割や責任を拡大しようとする動機の発生を促し、その役割を全うした際には各人の役割の大きさとその達成度にリンクした納得感の高い処遇を実現します。
つまり、リスクを取って困難な課題にチャレンジする社員が最終的に報われる、という仕組みが実現することになるのです。個人を動機づけながら、企業ミッションの達成状況を確実にマネジメントしていくことが可能になります。
3.人件費を適正化しやすい
役割は最終的に全てポイント換算されて計算され、役割価値が高いほどポイントが多く割り振られ、役割等級が高くなります。役割は経営計画などの事業計画によって変わってきますが、事業計画がより野心的・積極的であるほど、それに連動する形で役割のポイント合計(総ポイント)も大きくなります。
この役割評価の総ポイントは等級と紐付いているため人件費の伸びと連動します。したがって、総ポイントを見ることで事業計画の変化と人件費の伸びを比較検証することが可能になり、人件費の伸びが適正であるかどうかが確認しやすくなるのです。
また、従来の能力等級制度では、社員が年々昇格・昇給していくにつれて、企業の総人件費が上がっていました。しかし、役割等級制度では、あくまでその時その時の役割で処遇が決まります。基本給は役割を付与する時点で毎回新規に設定し、賞与は役割の達成度に応じて決定します。こうすることで、毎年の貢献価値と処遇とをタイムリーに一致させ、人件費を現在価値に応じた適正な水準に保つことが出来るのです。
事業計画が確実に組織にブレイクダウンされているかどうかの適正度合いも役割等級制度で確認できます。企業ミッションや事業計画を個人のレベルに分割して個々の役割を設定するので、役割評価の際に全員の役割を一列に並べて確認することで、全社の計画が確実に個人にブレイクダウンされているかが確認できるのです。
クレイア・コンサルティングが提供する役割等級制度の特長
クレイア・コンサルティングが提供する役割等級制度は、より日本企業(日本人を雇用する外資系企業を含む)に適合するよう、いくつかの工夫を取り入れています。
1.同じ職位でも能力差や実績差を役割評価で反映可能
同じ職位にあっても、役割を担う人の能力・実績差をきめ細かく役割評価に反映できます。
一般的に展開されている役割等級制度では、職務等級制度と同じとは言わないまでも、同じ役職やポストであれば、人が代わったり責任が多少増減したとしても、等級が変更されないことが多くあります。また、等級が変わった場合でも、業績や部下の人数のように客観的に比較できる定量的な項目のみを評価して設定しがちです。しかし、これではその人が実際に創出する成果の大きさと等級とが十分には釣り合わないことになってしまいます。
そのため、役割等級制度を導入した企業の多くで、当初の目的を逸脱した運用が行われる結果となっています。例えば、等級毎の重なりが大きいブロードバンド型の賃金制度を採用して役割等級毎の処遇差がはっきりしなくなったり、役割等級とは名ばかりの役割手当の付与でお茶を濁したりといった具合です。
実際の役割は常に固定的ではなく、その役割を担う人の能力や経験を踏まえた期待が反映されて決まってくるものです。たとえば、同じ人事部長であっても、すでに長く人事部長として働いている人と新たに人事部長に昇進した人とでは、その能力や責任、貢献の度合いが大きく異なるため、等級の重みは変わってくるのです。
そのため、弊社では、客観的に比較できる定量的要素(業績や部下の人数など)に加え、「どれくらい利害対立を調整しているか」、「どれくらい部下のやりがいを向上させているか」といった定性的な要素も評価します(後述の「役割評価項目と基準の設計」を参照)。
また、短期的な成果を出しにくい開発や新規事業分野の役割を担う人に対しては、「どのくらい創造的な仕事であるか」、「どれだけ高い専門性や特別なノウハウが求められるか」、「判断のよりどころとなる前例がどのくらいあるか」など、長期的に企業の競争優位に繋がるような役割価値についても適正に評価するよう考慮しています。
一人ひとりの役割の大きさを適切に算出するために、弊社では役割記述用の特製の帳票を用いて、各人に期待される貢献(特有の能力や経験の発揮を含む)を具体的に、役職名に捉われずに分析・把握します。また、役割を担う人によって異なる期待値の違いを細かい点まで柔軟に反映させることで、各人の価値を的確かつ最大限に処遇に反映することが可能です。
2.企業や業界で異なる経営環境にフィットした制度を構築
企業や業界ごとに異なる経営環境にフィットした等級・評価・処遇の制度を総合的に構築します。たとえば、組織変化や組織運営上の役割の変化の大きさ、変化のスピードなど、企業ごとに異なる変化に応じて、役割の大きさを柔軟に変化させていくことが可能です。
職務等級制度においては、経営環境や事業計画の変化に関わらず、同じポストであれば等級も同じでした。しかし、本来であれば、事業計画が変わりそれに応じて責任の大きさも変われば、その変化の大きさによっては等級も変えていく必要がでてきます。また、環境変化の中で組織の形成が追いつかない等の理由で一人の社員が役職を兼務する際には、ポストの大きさだけでなく、その人自身が負う責任の大きさを測定し、それに応じて処遇することが適切でしょう。
弊社の役割等級制度では、評価に対して高い納得感を得ることが可能となるため、様々な役割変更や人事異動に対しても、説得力と納得感を持って臨むことが可能です。
一方、役割評価は本来、細かい役割の変更に応じて精緻かつ頻繁に行うことが理想ですが、過度に厳密な運用を行うと負荷ばかりが高まり、制度の形骸化を招くことにつながります。
そこで、クライアント側ができるだけ簡潔かつ柔軟に運用できるよう、弊社では組織・人事の変革を熟知したコンサルタントが様々な工夫を凝らしています。例えば、役割の再評価の基準やその後の処遇を修正する方法の提示や、役割の記述・評価と達成度の評価を同一紙面/画面で実行できる帳票の設計なども行っています。(後述の「役割設定シートの設計」、「コミュニケーションツールの作成」を参照)。
その結果、人事制度全体がその企業に合致した形に組み上げられ、役割等級制度が現実的に機能できるようにしています。
3.企業の価値観や事業戦略を役割評価基準に反映
企業の価値観や事業戦略など、その企業のあり方を役割評価の基準に反映します。具体的には、企業の競争優位に繋がる差別的な要素を高く評価することで、競争優位性を確保・伸長していく仕組みを内在させていきます。
役割評価の基準を設定する際には、対象者の現在の人となりや今後の役割の推移などについて把握した上で、複数パターンのシミュレーションを行い、各企業に合った役割評価項目のポイント配分を検討していきます(後述の「役割評価シミュレーションと役割評価基準調整」参照)。
設計した役割評価項目と、各社の事業特性や重要と考える価値観に基づいて、評価項目ごとにどのようにバランスをとるか重要度を変えながら複数のシナリオを検証し、最終的に各社にふさわしいポイント配分のバランスを策定します。その結果、事業戦略と役割評価基準の整合性がとれ両者の関係性も明確になるため、経営陣や社員などのステークホルダーに対し納得のいく説明が可能となります。
役割等級制度を導入する際の流れ
1.等級の体系、評価・処遇との連動の考え方の設計
全体の体系を設計します。具体的には役割等級の位置づけや、評価や報酬との連動などについて、大枠のルールを決めていきます。 例えば以下の図のように、評価と等級、報酬がどのように連携し、報酬が最終的にどの要素から決められるか等の、基本的な枠組みを決めていきます。
この設計段階で、退職金や年金なども含めて全体の整合性を担保することが必要です。
2.役割設定シートの設計
役割評価を行う上で必要なツールとなる、マネジメントと従業員とが役割を設定・共有するために使用する役割シートを作成します。
下図のように、様々な機能を1枚のシートに織り込み、対象者の役割について本人とマネジメントの双方が一目で理解できるよう設計していきます。期初の役割測定・役割評価から期末の達成度評価・人事評価までの全工程を1枚のシートに一体化することで、内容の把握と評価にかかる負荷を低減できるよう工夫しています。
3.役割評価項目と基準の設計
多様な業務に携わる各社員の役割価値を、統一の基準で評価・測定できるよう、多面的な評価項目を設定していきます。
弊社では、多様な業種業態職種に対応できる役割評価項目と評価基準の雛型を用意しています。これに各企業の特性を反映させ、企業独自の役割評価項目と評価基準を完成させます。下図では、成果責任、権限、難易度の各要素に合わせ、合計13の評価項目を設定しています。
その後、具体的な基準を詳細に記載します。下図のように、それぞれの基準が何を意味するのか、具体的に説明を加え、どの程度のレベルでどの等級に該当するのか、はっきりとイメージができる段階まで詳細化していきます。
4.役割設定・評価プロセスの設計
「役割設定」は、役割等級制度において期初に役割を定義するプロセスです。ここで役割を設定し、役割評価を行い、等級を決めていきます。経営計画(各事業・部門計画)の策定・共有から、人事制度における役割設定(目標設定)までが一体化して行われることが望ましい姿です。
すでに目標管理制度を導入している場合は、その運用スケジュールに載せて運用可能か、といった検証を行うことも必要でしょう。例えば下図においては、中期経営計画から実際の役割設定までが一体のプロセスとなって行われるよう設計しています。
役割設定に一定の間がかかるうえ、その後の役割評価から報酬決定までの時間も必要になるため、役割等級制度は他の人事制度と比べて比較的多くの時間を要します。そのため、運用可能なスケジュールの設計は必要不可欠です。また、等級や処遇が決まった上で目標設定を行う能力等級制度とは、給与改定のタイミングが異なってくる点にも留意する必要があります。
役割はミッションが変わるたびに格付けし直す(再格付けする)必要があります。そのため固定的な役割をあらかじめ設定し、年度などが変わるタイミングでも役割を変更せずに運用する企業も多くありますが、それでは制度本来の良さを活かしきれません。
クライアントによっては役割等級制度を導入してから現在まで、役割設定のプロセスに毎回弊社のコンサルタントが関与するケースもあります。等級設定の最終調整を共同で行うことで着実かつ適正な処遇の実現を図っています。
5.役割評価シミュレーションと役割評価基準調整
任意の社員を選び、役割評価のシミュレーションを行うことで、先に設計した役割評価基準の調整を行います。まず複数名の従業員の役割ポイントをシミュレーションによって算出します。これを経営陣に解説し、事業戦略の観点から適切な序列になっているかどうかを議論します。経営陣は、経営目標のブレイクダウンが意図通り適切に役割等級に反映されているかどうかという観点から確認をし、調整を重ねます。
具体的には、役割価値基準のウェイトについて、成果責任、権限、難易度それぞれの配分を変え、最終的に適切な等級として明確に切り分けられるよう調整を行います。
下図は、ベースのシナリオとして難易度を重視した方針を踏襲しつつ、各個人の役割ポイントのばらつきを見ながらポイント配分の調整を繰り返し、最終的な等級へと取りまとめていったものです。
6.評価・処遇反映ルールの詳細化
役割評価と役割等級、処遇の関係性や連動について、当初の連動の考え方を踏まえながら、今後の運用に耐えられるレベルまで具体的に規定します。
下図では等級と基本報酬の関係について設計しています。役割等級が変更になる場合は、昇格時、降格時ともに基本報酬が各等級の報酬レンジの標準額まで移動することを規定しています。他にも、レートをシングルレートとするかレンジレートとするか、等級が変わらない場合の昇給ルールをどうするか、などについても決めていきます。
7.導入時の移行措置検討
現在の制度から役割等級制度への円滑な移行を行うために、移行計画を策定します。
役割等級制度は処遇のアップダウンが柔軟に行われる制度であるため、場合によって不利益変更等が発生する可能性があります。社員の生活への影響を見極めながら、期限を決めた調整給などの措置を検討することによって、社員に与えるインパクトを緩和しながら円滑な導入を図ります(これは移行時だけでなく、役割等級見直し時も同様です)。
一般的には役割評価を行いつつ、下図のように現在の給与と新しく格付けられた役割等級の報酬レンジとの関係性を見ながら、金額を調整していきます。現在の月例給が新しい報酬レンジを上回る場合に、上限まで下げるのか標準額まで下げるのか、また、下回る場合に下限まで上げるのか標準額まで上げるのか、シミュレーションを行い適正な方法を検討していきます。
8.コミュニケーションツール(制度説明、役割設定の手引き、役割評価の手引き)の作成
役割等級制度の設計から導入までの間には、上記の役割設定だけでなく、社員に対する説明会や評価者と被評価者に対する評価方法のトレーニングなど、イベントが目白押しに進みます。新しい制度がスタートするまでに必要な作業は、クライアントと分担しながら進めていきます。
説明やトレーニングの講師は、クライアントが行う場合もあれば、コンサルタントが行うケースもあり、もっとも適切な方法を一つ一つ選択しながら進めていきます。
下図は社員が実際に役割設定や達成度の評価を行う際に使用するマニュアルの一部です。マニュアルをはじめとしたガイドラインの充実化に加え、役割シートの記述を簡素化するための工夫など、制度を形骸化させず、現場の社員や人事担当者の運用工数をできるだけ減らしていくことが必要です。
9.制度の運用
役割等級制度を導入した後も、毎年の役割設定だけでなく、制度の運用中に浮上した不具合の修正や、役割等級制度の適用対象範囲の拡大など、新たな課題を発見し、解決していくことで、制度運用を着実に支援していきます。