前回に引き続き、今回も大学法人の人材育成について考えてみたいと思います。今回は、リーダー層(民間企業の経営幹部に相当する人材)に焦点を当てて考えてみます。
近年の民間企業は、リーダー層の育成に関して非常に強い問題意識を持っています。2011年に労務行政研究所が行った「企業の人事戦略に関するアンケート」では、「人材育成で特に重視していること」として、「管理職層のマネジメント能力、リーダーシップ能力の向上(65.8%)」「管理職層の人材育成能力の向上(42.3%)」「次世代リーダー(管理職クラス)の早期選抜・育成(41.4%)」「次世代経営幹部候補の育成(40.5%)」が上位を占めました(「今後、実現または強化したいこと」の上位4項目も同様です)。
グローバル化や国内市場の縮小など、戦国時代とも言うべき厳しい競争環境に晒されている民間企業では、何よりも優秀なリーダーが必要であると認識されています。そして、従来型の人材育成では、厳しい経営環境を勝ち抜いていく道筋を見出し、組織全体を強力に牽引していけるようなリーダーを育てる事は難しいという、危機意識にも近い問題意識があると思われます。
このような厳しい経営環境は、民間企業に限った事ではありません。これまでのコラムでも再三触れてきたように、少子化と学校数の増加により、学校法人(特に大学法人)を取り巻く環境もかなり厳しくなっています。学校経営においても「経営戦略」は不可欠となっており、戦略の実現に向けて組織を牽引できるリーダー(経営幹部)が求められています。
学校法人組織は多くの場合、理事会を通じて意思決定を行っていきます。ですから、ここでは理事会メンバー、および理事を直接補佐する組織上位者の方々を、リーダー(経営幹部)と想定して話を進めます。
ところで、大学法人には、民間企業にはない組織上の特性があります。それは、大学組織が「教学組織」と「法人経営組織」の2つから構成されているということです。「教学組織」に属するのは教員、「法人経営組織」に属するのは職員であり、人材の採用や育成、処遇管理などは明確に区分されているのが通常です。
しかし、「教学組織」と「法人経営組織」の両方から信頼されるリーダーの育成は、なかなか容易ではないと思われます。
民間企業で例えてみると、高度な技術力を強みとする企業において、技術者から信頼され、かつ、企業経営や組織運営の手腕に長けたリーダーを育成する、ということに近いでしょうか。技術者は専門職です。専門職集団を牽引してくためには、それら専門家たちが一目置く人材であることが求められます。つまり、技術者出身であり、技術の事がよく分かる人材であることが望ましいと考えられます(余談ですが、技術者出身の社長の次に事務系出身の社長就任したことで、技術者が流出してしまったという話を聞くこともあります)。このような人材が企業経営の能力を習得し、技術経営人材として成長していくために、日本においても2000年以降、MOT(Management of Technology/技術経営)が注目され、発展を遂げてきています。
これを学校法人に当てはめてみると、教員が経営を習得する場を設け、教育と経営の両方に長けた人材を戦略的に育成していくことが必要ではないか、という結論に立ち至ります。「経営を習得する場」とは、もちろん実践の場です。だとすると、例えば教員が民間企業に行って企業経営を経験し、学校法人に戻って法人経営に携わるというキャリアパスを構想してみるのも良いアイデアではないでしょうか。リーダー(経営幹部)は研修だけで育つものではありません。実現には様々な課題が想定されますが、人材育成の考え方や方法について、今まで以上に幅広い視点で考えていくことが求められているのではないかと思います。
本コラムを含め、9回にわたって学校法人(特に大学法人)の人事マネジメントについて、民間企業との比較を交えながら考えてきました。学校法人には、民間企業とは異なる特徴や規制等があり、民間企業の考え方とは異なる部分も多くありますが、学校法人の人事マネジメントについて、新しい視点や方法を考えてみる一助となれば幸いに思います。