前編では、事例やトピックをまじえ、女性活躍推進30年の歩み振り返り、概観してきました。
後編では、企業の人事部門が今後の女性活躍推進の取組みを考える際に、今一度、点検すべき着眼点をとりあげ、今後どのように女性活躍を推進していくかを考察してみたいと思います。
真の女性活躍推進を目指して、今一度、点検を
① 一貫したメッセージを発信できているか
国レベルで女性の活躍推進に取り組もうとする一方で、旧態依然にも映る社会保障制度が残っているのが日本の現状です。例えば、所得税の配偶者控除の給与収入の上限設定など、夫が働き、妻が専業主婦、仮に仕事をするとしても配偶者控除を受けられる範囲のパートを前提とする制度が今も、運用されています。本制度は企業では何ともできませんが、企業においても同様に、「夫が働き、妻は専業主婦(夫の扶養家族)、子どもが2人」が標準世帯とされていた頃の制度が残ってはいないでしょうか。
成果主義制度の導入に際して、「成果に対価を払う」というポリシーに基づき、家族手当を廃止した企業も多くありました。これはこれでポリシーに準拠した合理的な判断であったと思います。しかし、筆者が担当するクライアントでは、人事制度改定時に残っていた“扶養する配偶者および子どもに対して支給する家族手当制度”の見直しを実施し、配偶者に対する手当を廃止、扶養する子どもに対する手当金額を拡充しました。制度の移行措置を設け、段階的に行う配慮も功を奏したかもしれませんが、社員から改定方針・内容にネガティブな声があがることはありませんでした。
女性社員にも長く働いてもらいたい。しかしながら、子育てしながら共働きとなれば、保育施設の利用などコストがかってきます。そのことに対応し手当の拡充を行う制度へ改定することは、時代の要請にも合致し、企業のポリシーとして、期待する働き方として、違和感なく社員に届きました。子どものいない若年層の共働き世帯には配偶者手当の恩恵はないため、むしろ子どもに対する手当の拡充の方が、将来に向けてポジティブな情報として受け入れられやすかったと分析しています。
このように、人事制度1つ1つも、経営のスタンス・姿勢を表すメッセージとして社員に受け止められます。自社の人事制度が男女を問わず、どのようなメッセージを与えているかを検証することをお勧めします。
② 男女問わず、育成機会が公平に与えられているか
「2020年30%」とは、社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度とする目標のことで、2010年に閣議決定されています。
企業において、女性管理職比率は伸び悩んでいます。筆者は、職業柄、企業の人事部門との接点が多く、採用業務を担う方にお話しを伺うこともあります。複数の企業から聞こえてくる声に、「女子学生の方が、男子学生より優秀だ」という内容があります。より正確に補足するならば、「優秀な学生に女子学生が多い」のだと思いますが、少なくとも、採用時点で女子学生が男子学生より劣る状況でないのに、管理職候補者数に男女差があるとすれば、理由を掘り下げてみる必要は大いにあると思います。
東京医科大学で女子受験者の点数調整がなされていたニュースは記憶に新しいところです。点数調整がなされた理由の真偽のほどを知る術が筆者にないのですが、報道の範囲では、結婚・出産による離職を恐れてのことだったとの情報がありました。
仮に、企業においても、上司が、「女性は、“結婚・出産によって”、“男性より早く”辞めてしまう。」と思っている場合には、仕事の与え方に影響が及んでいるリスクはあるでしょう。まずは、自社において、男女それぞれの退職時期と退職理由を調査し、本当に、女性のほうが「結婚・出産によって」、「男性よりも早く」辞めてしまうのか、すでに女性活躍推進法の取組み(※2)によって、測定済みの企業もあるかもしれませんが、データで確認するステップを経ることをお勧めします。こうしてひとつひとつ、性差によるバイアスの可能性、その要因を検証していくことが求められます。
女性活躍推進が進まない理由として、女性の意識が低いなどの意見も一部に挙げられていますが、成長機会を与える観点なく、女性には補助的・定型的業務というような仕事の与え方しかしていない状況にあれば、子育て女性社員が早く職場復帰をしようと考えづらくなる要因に繋がるのかもしれません。
(※2)女性活躍推進法において、301名以上の企業は、女性採用比率、勤続年数男女差、労働時間、女性管理職比率等、企業の女性活躍についての状況把握、課題分析・状況把握及び分析行い、①行動計画の策定、②労働者への周知、③外部への公表、④都道府県労働局への届出をすることが定められています。
③ 多様性の受容と評価制度が連動しているか
日本の従来の人事制度は、時間の制約がなく、残業や出張、転勤にも柔軟に対応できる人をいわゆる正社員として取り扱い、評価においても、その柔軟さまでも含んで評価されてきた側面があります。従来とは異なり、多様性を認めるということは一人一人の違いを認め、生かすことが必要になってきます。その時に、例えば、時間などに制限がない社員と、何らかの制限がある社員に共通に適用できる、公平で客観的な評価制度への転換・導入が必要不可欠です。
仮に、成果主義を貫く評価制度であったとしても、女性には補助的・定型的業務を与えること(=性別職務分離)が慣例的に行われ、限定した仕事を与えていれば、女性社員の出す成果の質が高くないとされ、おのずと標準以下の評価となり、男女間の給与格差に繋がります。ひいては、昇進にも格差を生む温床となりえます。企業は幸い、様々な背景、実績をもつ社員の人事・評価データを有しているのですから、それを活用しない手はありません。時間に制約があり、貢献度が高い社員、低い社員などと実在するサンプルを用いて分析することで、制度の在り方、仕事の与え方、フィードバック・評価の仕方などに、不具合、改善点がないか確認することができます。
おわりに
ポジティブアクション(※3)において、女性労働者に対する過去の取扱いなどが原因で生じている、男女労働者間の事実上の格差を解消する目的で 「女性のみを対象にした取組み」や「女性を有利に取り扱う取組み」が認められてはいます。しかしながら、実在する課題、本質的課題を解決せずに、女性管理職比率に偏重するあまり、女性の登用を急ぐことは、問題の先送り、または新たな問題を引き起こすリスクがあると考えます。心理学でいう「確証バイアス」(人は自分の考えを証明する証拠ばかりを探してしまい、反証情報に注目しない傾向が強い。)が起こり、女性管理職のうまくいかない事象を見、「やっぱり女性では難しいのだ。」という印象を強めるようなことがあっては、かえって女性活躍推進を難しくしてしまうのではないか、と危惧しています。
また、このテーマにおいて、他の先進国との比較がなされますが、女性管理職比率が高いアメリカでは、出産後数か月で復帰を遂げるなどの例も少なくないとされています。それには、ベビーシッターを雇うことが一般化しているなどの背景もあります。それが良い・悪いという議論ではなく、数字の差異が表す要因・背景をも理解し、比較、検討する必要があります。性別的役割意識が強い家庭環境で育った一日本人女性として、「育児をアウトソーシング」と表現されるのは戸惑いがあります。自動食器洗い機やお掃除ロボットによって、家事の一部を賄うのとは異なる心理的障壁が、育児においてはあります。もちろん、その感じ方、捉え方には「個人差」があるでしょう。いずれにしても、文化的背景も含め、他国と同じやり方で進むことが日本にとっての正解とは限りません。
一方で、確実に予測される労働力不足に備える必要があるのが日本の実情でもあります。育児に限らず、介護などによって時間の制約をもつ社員の増加も見込まれています。企業の人事部門は、今一度、足もとを確認し、取り組みを考え、実行していく必要があります。「女性活躍推進30年の歩み」において概観しましたが、良かれと思って行う配慮によって意欲のある社員が転職(流出)し、制度を既得権化する一方で、キャリアへの意欲が高いとは言えない社員が多く残るような企業になることは、誰も望まないはずです。
女性活躍推進の取組みは、“企業が持続的な成長を遂げるために行うもの”であるはずですが、どうしても“女性のための取組み”として、単独で考えられがちです。一方、働き方改革は、全社員が対象です。時間に制約をもつ社員が多くなる世の中を想定しながら、働き方改革を進めることで、同時並行的に女性活躍の推進にも繋がった、といった図式の取組みが期待できる今は、子育て社員のみならず、多様な価値観を持つ人材が生かされるための環境づくりを前進させることができる、これまでにないチャンスであるかもしれないと期待しています。加えて、増加傾向にある共働き世帯が、子育てしながらも夫婦ともに正規労働者として、フルタイムで働き続けることができる社会が実現すれば、世帯年収が増えます。経済的な理由で2人目の子どもを諦めるというような事象が減り、少子化問題の改善に寄与できる可能性も高まるのではないかと考えます。
(※3)固定的な男女の役割分担意識や過去の経緯から、“営業職に女性はほとんどいない”、“課長以上の管理職は男性が大半を占めている”等の差が男女労働者の間に生じている場合、このような差を解消しようと、個々の企業が行う自主的かつ積極的な取組み